「…………きみ、ほんとずるい」
つきりと、目の奥が痛んだ。
開けた視界に、懐かしさを感じる天井が広がって、ああ、そうか、実家か、と脳みそが動き出す。
昨夜するはずだったことを早急にしなければと居間に向かうも、まだ父も母も起きてはいない。六時半だから、母は起きていると思ったのだけれど、父の職場は徒歩でも行ける距離だから、片道一時間の学校に通っていた私がいなければ、母の朝はのんびりしたものだったのかもしれない。
元私の部屋、現物置へと戻り、キャリーバックの中から手帳を取り出す。ぱらぱらとそれをめくりなぎら、リビングへと再び戻り、実家の電話から上司の携帯番号へと発信する。鳴り響くコール音。時間も時間だし、何より上司からすれば知らない番号。出てくれるか否かは賭けだったけれど、五コール目の後、寝起きだと容易に想像出来るような寝ぼけ混じりの上司の声が、鼓膜を抜けた。
「あら、早いのね。おはよう」
「おはよう、母さん」
昨夜タクシーの中で目論んだ通りに事情を説明し、慌てて家を出たため携帯を紛失してしまったからと嘘をついて、申請書を着払いで実家に送ってもらうということで話をつけ、有給をもぎ取った。電話を切ったところに、ぱたぱたとスリッパの音。リビングの出入口からひょこりと顔を出した母は、左サイドの髪をぴよんとはねさせたまま、ふわりと人好きのする顔で笑った。
「ご飯、何食べたい?」
「オムレツ、食べたい」
「チーズのやつ?」
「うん。チーズのやつ」
「おっけーい!」
グッと親指を立てて、サムズアップをする母に、どうしようもなく、泣きたくなった。