幸 –YUKI–
「……。」
オレンジ色に染まる空き教室に、西川くんはいた。
じっと窓の外を見つめながら佇む彼は、息を切らした私の存在には気付いていない。
その事実がやけに悲しくて、悔しくて。
数歩進んで、私は彼の名前を呼んだ。
「西川くん…。」
一瞬肩を震わせた彼はすぐにこちらに振り返ると、目を見開いて私を見つめた。
「沢村…。」
少し掠れた彼の声に胸が鳴って、ポケットに締まった河村くんのクワガタにそっと触れる。
高鳴る鼓動を確かに感じながら、大丈夫と自分に言い聞かせて、しっかりと西川くんの瞳を見つめる。
「好きです。」
思ったよりも、声は震えていなかった。
じっと見つめていた彼の瞳が、先程よりも見開かれていく。
拳を握りしめながら、私はただ彼の言葉を待った。
「っ…」
息を呑んだ彼がゆっくりと動き始めて、徐々にこちらに近付いてくる。
そんな彼を呆然と見つめる。
目の前まで来た彼を見上げれば、彼は眉間にしわを寄せて私を見据えた。
その表情の意味が分からなくて、不安が胸を押し寄せてくる。
どくんどくんと今まで感じたことないくらいに胸が大きく鳴って、密かに手が震え始める。
「あ…。」
思わず声が漏れて、どうしていいか分からずに俯いた瞬間、ぐいっと腕を何かに引っ張られる。
「え」
気が付けば私は優しい香りとあたたかい温もりに包まれていた。
抱き締められている。そう頭が認識し始めた頃、ふと目の前の彼からも私と同じくらいの胸の鼓動を感じた。
「にし…かわ…くん…?」
震える声でそう呟けば、より一層抱き締める力を強くされる。
苦しいのに、何故だか満たされていて、涙が出そうになった。
暫くされるがままでいれば、すっとその力が緩まる。ゆっくりと体を離されて彼を見上げれば、西川くんは優しく笑っていた。
「俺も…沢村が好きだ…。」
「え…」
一瞬頭が混乱して、呆然と彼を見つめていれば、西川くんはえっと声を漏らした。
「知ってた…よね…?」
「何が…?」
「え…いや…俺が沢村のこと…好きなこと…。」
「あ…。…もしかしたらって思った時も…あったけど…。でも…西川くん誰にでも優しいから…自分の自惚れだと思った…。それに…てっきり黒崎さんのこと好きなのかと…。」
「え?!ないよ!ちゃんと断ったし!」
「え…」
「あ…。」
まずいといった風に顔を歪めた彼に、告白されていたのかと悟った。
はぁと急に深いため息を溢す西川くんに肩が震える。
見上げれば、彼は少し切なそうに笑って私を見下ろしていた。
「…俺は…沢村は俺の気持ちに気付いて避けてるのかなって思ってたよ…。夏休み明けて、また出掛けたいって誘ってから…なんかぎこちなくなったから…。いきすぎたかなって思った…。」
避けていたことを指摘されて、申し訳ない気持ちが生まれて俯く。
あからさまに避けていた。
でもそれは彼への想いに気付いたからで。
それでも彼には伝わるはずはなくて、傷付けてしまっていたということに胸が痛んだ。
「嫌われたくなかった…。だからあんまり話し掛けるのやめてたんだけど…。文化祭の班が決まって、河村といつも一緒にいるの見て…嫉妬…してた…。文化祭の準備の日、河村のこと心配してるの見て、もしかしてあいつのこと好きなのかなって…。俺の方が先に好きになったのに…なんでって…。俺あの時、凄い嫌な態度取ったよな…。放課後の時も…。ごめん…。でも、取られたくなかった…。本当に…本当に好きだったから…。」
あの時の彼の怒ったような声が思い出されて胸が密かに痛む。
それでもその時の彼の心情を聞いて、彼も自分と同じ気持ちだったことに力が抜けた。
「…あのさ…告白断った…?」
「え?」
「河村の告白…。文化祭終わった後にさ…あいつに宣戦布告された…。絶対渡したくないって思って、沢村のこと必死に探したけど全然見つけられなくて…。」
探していてくれたという事実が嬉しくて、でもここまで会わなかったのがなんだか可笑しかった。
「私も…西川くん探してた。」
思わず呟いた言葉に、彼は目を見開いてえ?と溢した。
「告白するために探してた…。でも怖くて…。自信なくて…。でも、黒崎さんに取られちゃうって思ったら必死で走ってて…。その時に、河村くんに会って…告白された…。好きって言ってくれたのは本当に嬉しかった…。でも、私は西川くんじゃなきゃ駄目だって思った。いつだって気に掛けてくれて、優しくて。私を救ってくれた。そんな西川くんが、私は好きだから…。」
真っ直ぐに彼の瞳を見つめて、そう口にした。
私を見つめる彼に、私は深く頭を下げる。
「今まで変な態度を取ってごめんなさい。」
頭を上げて、もう一度彼を見つめる。
「ずっと…怖かった…。中学校の時、友達の好きな人を私も好きで…。それが言えなくて…。そんな時、その人が私に告白してくれた…。私は友達を裏切ってその人を選んだ…。その選択をした自分を、私は嫌いになった。それだけじゃない…。付き合ってから、自分が嫉妬深かったことに…失望した…。気持ち悪くて、そんな資格もないのに…。こんな感情いらないって思った…。フラれて…もっと自分に自信がなくなって、気づいたら人を遠ざけてた…。こんな自分見てほしくなくて、他人の嫌な部分を見たくなくて…。でも…ここに来て…色んな人に出会って助けられて、私は変われた。人のあたたかさ、優しさ、大切さを知った。そこで私は、西川くんに惹かれた。こんな私に話し掛けてくれて、気に掛けてくれて。何度もその優しさと笑顔に救われた。けど、その笑顔も優しさも、自分以外にも向けられてるのを知って、沢山嫉妬した。自惚れてた自分が恥ずかしくて、西川くんを避けるようになった…。みんな気に掛けてくれたのに、私はこの気持ちに蓋をして…こんな感情いらないとさえも思った…。でもそれじゃ駄目だって…やっぱりみんなが教えてくれて…。自分に嘘ばかりついてちゃいけない。自分を、相手を考えて前に進まなきゃいけないって。西川くんに…みんなに出会ったから、私は今こうして西川くんに自分の想いを伝えられてる。ありがとう。私、西川くんに出会えて本当に良かった。」
そこまで言って、笑みを溢した。
過去に戻る前も、あなたは私を気に掛けてくれていた。
紛れもなく、私を変えてくれたのはあなただ。
逃げてばかりだった。いつも。
私を見つけてくれた。向き合ってくれた。
笑顔を、優しさを、思いやりをくれた。
そんな西川くんが私は好きで。
想いが涙となって溢れてきて、俯く。
「沢村…。」
まるで愛しいものを呼ぶかのように優しく甘い彼の声に顔を上げれば、笑みを溢す彼の瞳もまた、涙の膜が張っていることに気が付いた。
チリンッ。
ふと聞いたことのある音に目を見開ければ、目の前に見覚えのあるものを差し出された。
「これが…繋いでくれたのかな…。」
チリンッ。とまた、音を立てて鳴り響く風鈴はゆらゆらと揺れていて。
まるで炎が宿ったようにオレンジ色に染められた風鈴は輝いて見えた。
「沢村…。」
もう一度私の名前を口にしてから、彼はまた私の腕をとって自分の胸まで引いた。
ぎゅっと、先程よりも強い力で抱き締められる。
苦しいのに、やっぱり満たされていた。
「ずっと…ずっと…好きだった…。これから先もずっと…沢村が好きだ…。」
彼の告白に、胸がいっぱいになって涙が止めどなく溢れていく。
ありがとう。私も好き。
その言葉がきちんと音になって彼に届いたかは分からない。
それでもより一層強まれた腕が、私の想いに答えてくれたように思う。
キャンプファイアの温かな光の中。
微かに響く風鈴の音に耳を傾けながら、涙を流す私を、彼はただずっと抱き締めてくれていた。
オレンジ色に染まる空き教室に、西川くんはいた。
じっと窓の外を見つめながら佇む彼は、息を切らした私の存在には気付いていない。
その事実がやけに悲しくて、悔しくて。
数歩進んで、私は彼の名前を呼んだ。
「西川くん…。」
一瞬肩を震わせた彼はすぐにこちらに振り返ると、目を見開いて私を見つめた。
「沢村…。」
少し掠れた彼の声に胸が鳴って、ポケットに締まった河村くんのクワガタにそっと触れる。
高鳴る鼓動を確かに感じながら、大丈夫と自分に言い聞かせて、しっかりと西川くんの瞳を見つめる。
「好きです。」
思ったよりも、声は震えていなかった。
じっと見つめていた彼の瞳が、先程よりも見開かれていく。
拳を握りしめながら、私はただ彼の言葉を待った。
「っ…」
息を呑んだ彼がゆっくりと動き始めて、徐々にこちらに近付いてくる。
そんな彼を呆然と見つめる。
目の前まで来た彼を見上げれば、彼は眉間にしわを寄せて私を見据えた。
その表情の意味が分からなくて、不安が胸を押し寄せてくる。
どくんどくんと今まで感じたことないくらいに胸が大きく鳴って、密かに手が震え始める。
「あ…。」
思わず声が漏れて、どうしていいか分からずに俯いた瞬間、ぐいっと腕を何かに引っ張られる。
「え」
気が付けば私は優しい香りとあたたかい温もりに包まれていた。
抱き締められている。そう頭が認識し始めた頃、ふと目の前の彼からも私と同じくらいの胸の鼓動を感じた。
「にし…かわ…くん…?」
震える声でそう呟けば、より一層抱き締める力を強くされる。
苦しいのに、何故だか満たされていて、涙が出そうになった。
暫くされるがままでいれば、すっとその力が緩まる。ゆっくりと体を離されて彼を見上げれば、西川くんは優しく笑っていた。
「俺も…沢村が好きだ…。」
「え…」
一瞬頭が混乱して、呆然と彼を見つめていれば、西川くんはえっと声を漏らした。
「知ってた…よね…?」
「何が…?」
「え…いや…俺が沢村のこと…好きなこと…。」
「あ…。…もしかしたらって思った時も…あったけど…。でも…西川くん誰にでも優しいから…自分の自惚れだと思った…。それに…てっきり黒崎さんのこと好きなのかと…。」
「え?!ないよ!ちゃんと断ったし!」
「え…」
「あ…。」
まずいといった風に顔を歪めた彼に、告白されていたのかと悟った。
はぁと急に深いため息を溢す西川くんに肩が震える。
見上げれば、彼は少し切なそうに笑って私を見下ろしていた。
「…俺は…沢村は俺の気持ちに気付いて避けてるのかなって思ってたよ…。夏休み明けて、また出掛けたいって誘ってから…なんかぎこちなくなったから…。いきすぎたかなって思った…。」
避けていたことを指摘されて、申し訳ない気持ちが生まれて俯く。
あからさまに避けていた。
でもそれは彼への想いに気付いたからで。
それでも彼には伝わるはずはなくて、傷付けてしまっていたということに胸が痛んだ。
「嫌われたくなかった…。だからあんまり話し掛けるのやめてたんだけど…。文化祭の班が決まって、河村といつも一緒にいるの見て…嫉妬…してた…。文化祭の準備の日、河村のこと心配してるの見て、もしかしてあいつのこと好きなのかなって…。俺の方が先に好きになったのに…なんでって…。俺あの時、凄い嫌な態度取ったよな…。放課後の時も…。ごめん…。でも、取られたくなかった…。本当に…本当に好きだったから…。」
あの時の彼の怒ったような声が思い出されて胸が密かに痛む。
それでもその時の彼の心情を聞いて、彼も自分と同じ気持ちだったことに力が抜けた。
「…あのさ…告白断った…?」
「え?」
「河村の告白…。文化祭終わった後にさ…あいつに宣戦布告された…。絶対渡したくないって思って、沢村のこと必死に探したけど全然見つけられなくて…。」
探していてくれたという事実が嬉しくて、でもここまで会わなかったのがなんだか可笑しかった。
「私も…西川くん探してた。」
思わず呟いた言葉に、彼は目を見開いてえ?と溢した。
「告白するために探してた…。でも怖くて…。自信なくて…。でも、黒崎さんに取られちゃうって思ったら必死で走ってて…。その時に、河村くんに会って…告白された…。好きって言ってくれたのは本当に嬉しかった…。でも、私は西川くんじゃなきゃ駄目だって思った。いつだって気に掛けてくれて、優しくて。私を救ってくれた。そんな西川くんが、私は好きだから…。」
真っ直ぐに彼の瞳を見つめて、そう口にした。
私を見つめる彼に、私は深く頭を下げる。
「今まで変な態度を取ってごめんなさい。」
頭を上げて、もう一度彼を見つめる。
「ずっと…怖かった…。中学校の時、友達の好きな人を私も好きで…。それが言えなくて…。そんな時、その人が私に告白してくれた…。私は友達を裏切ってその人を選んだ…。その選択をした自分を、私は嫌いになった。それだけじゃない…。付き合ってから、自分が嫉妬深かったことに…失望した…。気持ち悪くて、そんな資格もないのに…。こんな感情いらないって思った…。フラれて…もっと自分に自信がなくなって、気づいたら人を遠ざけてた…。こんな自分見てほしくなくて、他人の嫌な部分を見たくなくて…。でも…ここに来て…色んな人に出会って助けられて、私は変われた。人のあたたかさ、優しさ、大切さを知った。そこで私は、西川くんに惹かれた。こんな私に話し掛けてくれて、気に掛けてくれて。何度もその優しさと笑顔に救われた。けど、その笑顔も優しさも、自分以外にも向けられてるのを知って、沢山嫉妬した。自惚れてた自分が恥ずかしくて、西川くんを避けるようになった…。みんな気に掛けてくれたのに、私はこの気持ちに蓋をして…こんな感情いらないとさえも思った…。でもそれじゃ駄目だって…やっぱりみんなが教えてくれて…。自分に嘘ばかりついてちゃいけない。自分を、相手を考えて前に進まなきゃいけないって。西川くんに…みんなに出会ったから、私は今こうして西川くんに自分の想いを伝えられてる。ありがとう。私、西川くんに出会えて本当に良かった。」
そこまで言って、笑みを溢した。
過去に戻る前も、あなたは私を気に掛けてくれていた。
紛れもなく、私を変えてくれたのはあなただ。
逃げてばかりだった。いつも。
私を見つけてくれた。向き合ってくれた。
笑顔を、優しさを、思いやりをくれた。
そんな西川くんが私は好きで。
想いが涙となって溢れてきて、俯く。
「沢村…。」
まるで愛しいものを呼ぶかのように優しく甘い彼の声に顔を上げれば、笑みを溢す彼の瞳もまた、涙の膜が張っていることに気が付いた。
チリンッ。
ふと聞いたことのある音に目を見開ければ、目の前に見覚えのあるものを差し出された。
「これが…繋いでくれたのかな…。」
チリンッ。とまた、音を立てて鳴り響く風鈴はゆらゆらと揺れていて。
まるで炎が宿ったようにオレンジ色に染められた風鈴は輝いて見えた。
「沢村…。」
もう一度私の名前を口にしてから、彼はまた私の腕をとって自分の胸まで引いた。
ぎゅっと、先程よりも強い力で抱き締められる。
苦しいのに、やっぱり満たされていた。
「ずっと…ずっと…好きだった…。これから先もずっと…沢村が好きだ…。」
彼の告白に、胸がいっぱいになって涙が止めどなく溢れていく。
ありがとう。私も好き。
その言葉がきちんと音になって彼に届いたかは分からない。
それでもより一層強まれた腕が、私の想いに答えてくれたように思う。
キャンプファイアの温かな光の中。
微かに響く風鈴の音に耳を傾けながら、涙を流す私を、彼はただずっと抱き締めてくれていた。