幸 –YUKI–
あれから、母は嬉しそうに沢村に質問をしていた。

好きな食べ物は?
趣味は?
学校はどこに通っているの?
高校はどこに行くの?
挙げ句の果てには陸のどういうところが好きなの?と。

そんな母の質問にも、沢村は照れくさそうに、それでもきちんと答えていた。

そして俺は、その質問の答えを耳を済ませて聞いていた。

好きな食べ物はお気に入りのチョコレート。
趣味は読書。
学校は家からバスで15分のところの中学校。
高校は幸華第一高校。

そして今現在、顔を赤くして俯いている沢村の言葉を、母も父も、俺も耳を済ませて待っている。
午前中からはしゃいでいた空は力尽きて眠ってしまった。

「えと…」

チラッと俺の方に視線を向けてから、彼女はもう一度口を開いた。

「去年の夏に、声を掛けてくれて…。色んなところに、行きました。私は、あまり人と話すのが苦手なんですけど…でも、西川く…陸くんと話してると、とても楽しいです…。一緒にいると、あたたかい気持ちになります。笑顔が素敵で、優しくて、思いやりのある陸くんが…好き…です…。」

「っ」

そのまま下を向いた彼女は、すみませんと言って動かなくなった。

俺もまた俯いて、熱くなった顔をあげられず、加速していく鼓動を落ち着かせようと深呼吸をする。

すると、彼女がまた声を上げたのが聞こえてきて俺は顔を上げた。

沢村の方に視線を向ければ、彼女は母の方に視線を向けて微笑んでいた。

「あとは…家族思いなところです…。」

目を見開く母から視線を外し、沢村は俺の方に視線を移して笑った。

「陽向さん、海斗さん、空くんのこと、沢山聞きました…。素敵な家族だなって…陸くんの話から伝わってきました。みなさんのことを話す陸くんの嬉しそうな顔が…私は好きです…。」

その言葉に、母も父も俺の方に視線を向けた。
目を見開く2人の顔が見れなくて、また俯く。

気恥ずかしさが生まれて、そのまま顔を上げられずにいれば、父の嬉しそうな声が耳に入ってくる。

「そうか、そうか。陸が俺たちのことねぇ。嬉しいなぁ?母さん。」

「ふふ…。そうね。」

どこかからかうように笑う2人を睨み付けようと顔を上げて、目を見開く。

本当に嬉しそうに、2人は笑っていた。
その表情に、俺は何も言えなくなった。

「幸乃ちゃん、ありがとうね。陸を好きになってくれて。」

「…いえ…。素敵な人に出会えたのが、嬉しいです…。」

照れくさそうに笑う彼女の笑顔に、また胸が高鳴る。

素敵な人は、君だというのに。

そんなことを思いながら、笑い合う沢村と母さんの顔を見つめた。



「幸乃ちゃん、これ切ってくれる?」

「はい。」

嬉しそうに沢村に野菜を手渡す母さんと、その野菜を受け取ってそれを切る沢村を、俺と父さんはぼんやりと見つめていた。

「なんか…良いなぁ…。」

ぽつりとそう呟く父に、なにが?と返す。

「母さん、娘欲しがってたからな…。」

うちは息子だけだからと父さんは笑った。

「…お前、俺が言ったこと気にして、幸乃ちゃん連れてきてくれたのか…?」

少し声のトーンを低くした父は、眉を下げて笑っていた。

母から余命宣告されていると聞いた次の日、父は俺に言った。

『母さんには死ぬまでにやりたいことが沢山ある。』

それは、俺たち家族と出来るだけ色んなところに行くこと。
みんなで沢山美味しいものを食べること。
空の運動会に行くこと。
俺の文化祭に行くこと。
父さんとデートすること。
父さんとの思い出の場所に、もう一度家族みんなで行くこと。

やりたいことは沢山ある。
だから色んな場所にみんなで行こうと、父さんは言った。

それから、父さんは少し泣きそうな顔で笑うと、ぽつりと話始めた。

『…叶えられない夢も沢山あるんだ。』

その中でも絶対に叶えたい夢が、母さんにはあるのだと教えてくれた。

『お前と空が愛した唯一の人を、この目で見たかった。叶うなら、一緒に並んで料理がしたい。お前たちの好物の味付けを教えてあげたい。“お義母さん”って、そう呼んで貰いたい。』

涙を流しながらそれを父に言った母が、脳裏に浮かぶ。

『お前たちを幸せにしてくれる人の顔を、この目で見たかった。そう言ったんだ…。』

叶うことのない願い。
だって俺たちが結婚できる歳になるまで、母さんは生きることが出来ない。
息子が成長していく姿を、見ることは叶わない。

父はごめんと言って、それから何も口にはしなかった。


「半分そうで…半分は違う。」

「え…?」

俺の言葉に、父は首を傾げた。

「…彼女は俺を救ってくれた人なんだ…。こんな俺に、優しさを、思いやりを、笑顔をくれた。母さんに会わせたいって思った…。父さんにも、空にも…。俺を想ってくれる素敵な人を、俺は見つけたよって、自慢したかったのかも…。」

照れくさそうに笑えば、父は嬉しそうに笑って俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

「ちょっ」

「さすが俺の息子。母さんみたいな優しくて可愛い子を捕まえたなぁ。」

「…う、うるさい…。」

「照れんなよー。」

今も尚頭を撫でてくる父と格闘していれば、できた!という沢村の声に、視線をそちらに向けた。

「西川くん出来たよ!」

嬉しそうにこちらに近付いてきた彼女が手にしていたのは、肉じゃがだった。

「あ…。」

美味しそうな匂いが鼻を掠める。

「味見してみて…。」

照れくさそうにそう言う彼女に、俺も恥ずかしくなってくる。
渡された肉じゃがと箸を受け取って、それをひとくち口に入れた。

「え…。」

「それ、全部一から幸乃ちゃんが作ったのよ。」

「嘘…。」

母さんの肉じゃがそのまんまだ。

「ふふ。陸の好物作って貰っちゃった。」

嬉しそうに笑う母を見て、それから父を見れば、父もまた嬉しそうに笑っていた。

「ほら、お父さんも陸も手伝って。幸乃ちゃん空起こしてきてくれる?」

「はい。」

そう言って、沢村はリビングの方へ向かった。

「ほんとだ!母さんの肉じゃがまんまだな。」

「ふふ。私もびっくりしちゃった。幸乃ちゃんのお家の肉じゃがも、こんな味だって言ってたのよ。だからかな。」

心底嬉しそうな母に、笑みがこぼれた。

好物の味付けを教えてあげたい。
そんな母の願いを叶えてくれた沢村に、俺は心の中でありがとうと呟いた。


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