その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

別れを切り出した2週間後に私のマンションにやって来た彼は『はいこれ、朱音が気になるって言ってたパティスリーのカヌレ』とスイーツを渡しながら、さらりと一緒に異動すると報告してきたのだ。
それも、上司に嘘までついて。

『遊人さん…』
『悪いけど、別れ話に納得は出来ないし、俺はどれだけ拒まれても朱音を離す選択肢はないよ』
『……』
『俺と一緒に行こう。誰も知らない土地でもう1回始めよ?向こうなら俺に変な噂もないから寄ってくる女はいなくなるし、左手に指輪してれば朱音に言い寄ってくる虫も来ない』


そして現在、私達は同棲中。
遊人さんはすぐにでも籍を入れて結婚しようと東京を経つ前にプロポーズしてくれたけど、私は首を縦に振ることは出来なかった。
それならばせめてと遊人さんの希望で、一緒に住むことにしたのだ。

まだ当時は過去に囚われ、地下3階の資料室に行くと必ず気分が悪くなるくらいだった。

それが一転。
北海道西支部ではあのC健での女の争いが嘘のように穏やかな毎日を送れている。

それというのも、事務や営業に限らず職員の殆どが男性で、女性は学生バイトや既婚者のパートさんが多い。

そのおかげなのか、遊人さんが以前のように無駄な笑顔を振りまかないせいなのか、私は彼への独占欲や嫉妬心に悩まされることなく、かなり快適な毎日を過ごせている。

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