その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~
そんな話を担当営業と事務の課長あたりが一緒に出向いて、相手先の担当者に説明をする。
本来なら俺と小柴部長が行くはずだったのだが、昨日『僕ちょっとプライオリティ高めの案件が入っちゃったから。中原さんをアサインするよ』と相変わらずの小柴節で突然告げられこうして彼女と2人、10分程車を走らせてやってきたのだ。
しかし、どうやら彼女の様子がおかしい。
いつもなら『ドライブデートだね』なんて軽口を叩けば氷点下の冷たい視線が返ってくるところだが、小柴部長から引き継いだ顧客データを見て呆然としていた。
どうかしたのかと尋ねても「いえ、大丈夫です」としか返ってこない。
こんな時、普段信頼がないというのはもどかしい。
どれだけ辛くても、きっとその胸のうちを俺に打ち明けようとはしないだろう。
そう考えるとなぜかツキリと胸が痛んだ。
「朱音ちゃん?着いたよ」
静かに声を掛けると、ハッとした表情で窓の外を見る。
キュッと下唇を噛みしめるその表情は、初めて先方で打ち合わせをする緊張からくるものでないのは明らかだった。
「大丈夫?打ち合わせなら俺1人でも平気だから、車で休んでてもいいよ」
昨日ここに打ち合わせに来ると知ったときから、あまりにも顔色が悪い。
体調が悪いのか、この会社に何かあるのか…。