その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~
「朱音ちゃん、あんな男のために昨日から辛そうな顔してたんだ」
営業車に戻って助手席に乗り込んだ私の頬に伸びてくる大きな手。顔半分がすっぽりと包まれてしまう。
炎天下に置かれていた車内はうだるほど暑く、友藤さんが乗ってすぐにエンジンをかけてエアコンを入れていたけど風は生ぬるい。
いつもなら「セクハラやめてください」なんて冷たく言って手を振り払えるのに、今日はなんだかそれが出来ない。
『朱音!これがお前の仕返しなのかよ!』
契約の解除通告書を送ると言って立ち上がった友藤さんに支えられるようにして、その場から立ち去ろうとした私に浴びせられた賢治の怒声。
――――仕返し?
一体何の話か全くわからなかった。
『お前のせいで俺は営業から総務なんて地味な部署に飛ばされて、ヒステリックな女のお守りまでさせられるハメになったんだぞ!3ヶ月も付き合って1度もヤらせなかったくせに寝取ったなんて噂を否定もせず逃げやがって!おまけに契約解除だと?ふざけんな!』
まだスパークルにいる時から、悪意のある噂を否定もせず私を助ける素振りすら見せなかった賢治に未練など微塵もなかった。