その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

なぜか悔しそうにきゅっと引き結ばれた唇に、震えを抑え込むかのように握られた拳。

8階から下りるエレベーターの中で見た友藤さんは、私の知っている彼ではなかった。

さらに帰り際、ビルのエントランスにある総合受付の可愛い女性から連絡先を渡されていた時。

『ごめんね。俺好きな子いるから受け取れない』

爽やかな笑顔を見せつつも、彼女を断固拒絶した友藤さんが振り返って私を見つめた。

まさかお誘いを断ると思っていなかった私は腰が抜けるほど驚き、槍でも降ってくるのかと慌てて頭を庇いながら空を見上げた。そんな私を見て苦笑した友藤さんの背後にある空は、抜けるような夏の青空だった。

何かおかしなものでも食べたんだろうか。
さっきスパークルで出されたアイスコーヒーに毒でも入ってた?でも確か彼は一口も飲んでなかった気がする。

職場の同僚だろうと人妻ナースだろうと誘われればおいしく頂いてきた来る者拒まずでお馴染みの友藤さんが、あんな可愛い受付嬢のお誘いを断るなんて、天変地異の前触れか病気以外の何物でもない。


一体どうしたというんだろう。
今私の頬に手を添えている男は、何を考えているんだろう。

元々何を考えているのか読めない男だったけど、『あんな男のために昨日から辛そうな顔してたんだ』と言う友藤さんのほうが酷く辛そうな顔をしている。

もしかして、同情してくれているんだろうか。

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