その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

賢治と美香の発言を聞けば、私がなぜあの会社を辞めるに至ったのか全て理解出来ただろう。
そんな場所にのこのこ仕事をしに行かざるを得なかった私を不憫に思っているんだろうか。

だとしたらいらぬ世話だと教えてあげたい。

元々賢治に未練はなかったのが今日でさらにキッパリ忘れることが出来そうだし、なんだかんだ美香もうまくいってなさそうだと思えばザマーミロと性格の悪いことを考える余裕がある。

私が一番心を痛めていた噂で信用を失った元同僚達との関係は、帰り際全てを聞いていた田町さんが私に『あんな噂に踊らされて嫌な態度取ってごめんね』と申し訳無さそうに謝ってきてくれたことで今後改善が見られるだろう。SNSのIDは変わっていないと言っておいたので、きっとこれから連絡を取ったりも出来るはず。

私は今となってはむしろここに来られて良かったとすら思っている。

契約については少し心配だけど、そこはさっき原田部長が『必ず悪いようにはしないから』と約束してくれたので信じて任せることにした。

だから友藤さんが私にそんな風に同情したり不憫に思って心を痛める必要はないのだ。

もしかしたらさっきの受付嬢からの誘いを断ったのも、私が惨めな思いをしている時に遊び相手とイチャイチャする予定を入れるのは申し訳ないと思ったから?

そうだとしたら逆に申し訳なくって、ぎゅっと胸が引き攣れるように痛んだ。


「あの、友藤さん?」

いつまでも解放されない頬がさすがに熱を持ちそう。エアコンが効いてきたのでこの熱は夏のせいではない。

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