その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

それを知られたくなくてやんわり名前を呼ぶことで離してほしかったのに、彼は頬に触れていた手を私の首筋に下ろすと、ぐっと自分の方に引き寄せた。

その時一瞬見えた彼の表情は、眉根を寄せ複雑そうな笑みを浮かべていて、どこか泣いてしまいそうに見えた。

「わっ、ちょっと…!」

抗議の声を上げるのを許さないとでも言うように、私を強く抱きしめる。

センターコンソールを挟んで引き寄せられた身体は右腰が不自然に捻れてるし、左腰は限界まで伸びていてちょっとしたストレッチ状態。運動不足の私には堪える体勢だ。

急な抱擁に驚いて突き放そうと身体を捻ってもがいても、その拘束が緩むことはなくて戸惑いばかりが色濃くなっていく。

さらに厄介なことに、男性との久しぶりの触れ合いに否応なしに心臓がドキドキと暴れだす。

これは間違っても友藤さん個人にドキドキしているわけではない。

賢治以外の男性とそういうお付き合いをしたことがないわけじゃないけど、それだってかなり前。だから慣れないシチュエーションに戸惑って鼓動が早くなってしまっているだけであって、決して彼に抱き締められているからではない。

無言で私を捕える友藤さんの腕の力の入れ方は、抱きしめるというより縋り付いているようで、女性慣れしている彼の慰め方にしては甘さの欠片もない。

最近ではよくからかうように私を気に入ってるだとか言って構ってきていたけど、それを本気に取ることはなかった。

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