その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

朱音が他の男のことで頭を悩ませるのも、俺を完全に蚊帳の外にして恋人を探しているのも許せない。

働くのが楽しくてしょうがないという活き活きした顔も、デザートを食べてる時の本当に幸せそうな顔も、辛辣な言葉を投げつけてくる小憎たらしい顔も、弾けるような笑顔も全部。
全部を俺のものにしたい。

その気持ちを早く伝えたくて、逸る気持ちを抑えきれずに営業車の中で彼女を抱き締めた。柔らかい頬に触れてしまえば、もう我慢することなんて出来なかった。

こんな衝動に突き動かされるように誰かを抱き締めたことなんてない。
拒んでほしくなくて、必死に彼女を腕の中に閉じ込めた。

俺は恋をしたことがない。恋人という存在がいたことすらない。
告白されたことはあっても、誰かを特別に思えたことがなかった俺は真剣に受け止めたこともない。
彼女になりたいという本気な女は拒絶し、その時限りでいいという軽い気持ちしか持ってない奴だけ相手をしてきた。

そんな俺は当然告白なんかしたこともなく、どうやってこの気持ちを伝えればいいのかわからない。

彼女はこの1年散々俺の良くない噂を聞いているだろう。最悪なことに現場を見られていもいる。
そんな俺が何をどう伝えれば、今初めて感じるこの恋情が正確に伝わるのか。

全く検討もつかないままに抱き締めると、彼女は腕の中から出ようともがき、俺の言葉をすべて聞くことなく拒絶した。

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