その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

『気のせいです!』
『自分になかなか靡かない女の元カレを見て、そんな気になってるだけですよ』

そして事もあろうに、彼女の目の前で断ったはずの俺に連絡先を渡してきた女と寝たらどうかと下ネタ満載なセリフを綺麗な笑顔で言ってきた。

あの初対面で朱音を誘い、軽蔑の眼差しで出て行けと言われた時の比ではない。
その何十倍も何百倍も驚き、そして心が凍りつくような感覚を味わった。触っても何もないはずの胸が痛み、ドクドクと血を流していた。


それからどのくらいの時間ひとり呆けていたのか。

どうやって会社に戻ったのかも覚えていない。よく事故を起こさず帰ってきたものだと自嘲する。
会社に着いた頃にはフロントガラスにパラパラと雨が落ちてきていた。

いっそ憂さ晴らしにあの受付嬢を抱いてしまおうか。そう思ったものの、これでは朱音の思うツボだと思い返した。

それに朱音への気持ちを自覚すると、不思議なことに他の女に触れるのも触れられるのも、想像するだけで嫌悪感が沸いた。

『なんでそんなに妬けるの?過去何があったって今抱き合ってるのは自分だし、楽しければそれでいいと思わない?それに今がダメになったって、すぐ先にまた楽しみが転がってるのに』

いつかの自分の発言に反吐が出る。
考えてみれば彼女との最悪な初対面以降、1度も女を抱いていない。

< 77 / 110 >

この作品をシェア

pagetop