その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~

「……誰に気に入れらてたって?」

気に入られていたも何も、たまたま正面の席に座ったってだけでしょうに。
呆れ半分、焦り半分で奈美に向けて余計なことを言わないでと首を振ったのに、そんな私の願いは通じなかったらしい。

「岡部さん。うちの営業部の主任で超モテるイケメン。ガンガン遊んでるけどそれを感じさせない紳士っぷりで、真面目な朱音なんか一飲みだからね」

奈美は「食われるギリギリだったでしょ?」と悪戯に笑う。
私の今の気持ちはともかく、さっきの雰囲気だと速攻丸飲みされていた気がしてあまり強く否定出来ない。

そんな私の沈黙をどう思ったのか、繋いでいる手の力が増して手の甲の骨が痛い。

「その彼の出番はないから」
「どうかな」
「ないよ。絶対に」

奈美に対峙している友藤さんの表情に珍しく余裕がない。彼女を睨んですらいる。
女性、しかもこんな美人を目の前にしているというのに。やはり今日の友藤さんはいつもと違う。

ひとりツラツラ考えていると「行くよ、朱音ちゃん」と私の肩を抱いて歩き出す友藤さんが、通りのタクシーを止めるために片手を上げた。
すぐに路肩に止まったタクシーに促されるまま乗り込んで窓から奈美を見ると、彼女はにこやかに私を見送ってくれていた。


< 92 / 110 >

この作品をシェア

pagetop