先生がいてくれるなら③【完】
ふと外の景色の違和感に気付き、私は先生の方に慌てて視線を向けた。
「先生、こっちは私の自宅の方角じゃないです」
この車が向かっている先は、間違いなく、先生の住むマンション……。
「お前が何も話そうとしないから。それに俺にはまだ話がある」
先生は私をこのまま先生の家へと連れて行くつもりらしい。
──それなら私にも考えがある。
もう少しで先生のマンションに着く……と言うほんの手前で、信号が赤へと変わる。
この信号は、必ずこのタイミングで赤になる。
私はそれを知っていて……シートベルトをカチンと音を鳴らして外した。
だけど──外れたシートベルトを握る私の手を、先生のヒヤリと冷たい手がギュッと掴み、そして離さない。
「逃げるなよ……」
先生の手に力が込められる。
そのまま強引に、シートベルトの金具が再びカチリと止められた。
──痛い。
先生に掴まれた手が、痛い。
信号が青に変わるまで、私の手を離さないつもりらしい。
私は小さくかぶりを振った。
「……分かりました。降りませんから、手を離して下さい」
私の言葉が信用できないのか、先生は信号が青に変わるのを確認してから、やっと私の手を離し、車を発進させた。