先生がいてくれるなら③【完】
先生がキッチンからアイスコーヒーを手に戻ってきた。
「あ。悪い、ちょっと書類を脇によけてもらってもいいか?」
「……見ちゃいけないものとか、無いですよね?」
私の言葉に、先生はざっとテーブルの上を見渡したあと、「多分無いと思う」と言って苦笑いした。
私はその言葉を受けて、いくつかの書類を慎重に重ねてグラスを置けるだけのスペースを作る。
先生の氷出しコーヒー、久しぶりだな。
去年の夏はよく数研の部室や数学準備室で、先生がボトルで持ち込んだ冷たいコーヒーを分けてもらっていた。
毎回『これが最後だから味わって飲めよ?』なんて冗談めかして言われ続けたけど……どうやらあれも最後ではなかったらしい。
だとしたら、今回こそ最後かも……。
私は「いただきます」と声に出して、その琥珀色の液体に刺さるストローに口を付けた。
コーヒーの中、同じくコーヒーで作られた氷がカランと音をたてて揺れる。
食事をする時間は無くてもこう言う手間は相変わらず省かない所が、先生らしい。
──はぁ、やっぱり美味しい。