先生がいてくれるなら③【完】
──物足りない理由は、本当は分かってる。
今年は、数研の店番を完全に免除してもらった。
新入部員が多かったから私が手伝わなくても大丈夫だと言うのもあるけど、もちろんそれだけじゃなくて……。
──はぁ、……。
「……8回目」
椿の呟きに、私は「え?」と振り向くと、「明莉がため息ついたの、8回目」と苦笑いしている。
「あ、ごめん、鬱陶しかったよね……」
「ううん、それは大丈夫だけどさ。……ねぇ、それよりあの男の人、さっきから明莉のことじっと見てるけど、知り合い?」
椿にそう言われてクラスの出し物である『大正浪漫喫茶』の客席に目を向けると、ひとりの男性がやわらかい表情でじっと私を見つめていた。
椿に指摘されて視線を移したことによってその人と目が合う。
すると、その男性はヒラヒラと私に向かって手を振った。
「……明莉、あの人、知り合い?」
「…………分かんない」
「大丈夫? 私、行ってこようか?」
「……うーん、ちょっと待って、何か思い出しそう……」
なんとなく見覚えのあるその人の事をなんとか思い出そうと、一生懸命記憶をたぐり寄せる。
記憶の引き出しをあちこち開けてみるけど、なかなか見つからない、そんなもどかしい気持ち。
すると、その男性がニコニコと笑いながら、かけていた眼鏡を──なぜか違う眼鏡にかけ変えた。