先生がいてくれるなら③【完】
「……あっ!」
そしてようやく私の記憶の引き出しが開いて、その人が誰だか思い出した。
──いや、“誰だか思い出した”、と言う表現は、正しいのかどうかよく分からないけど。
だって、その人の事は、名前すら知らないから──。
椿は私の様子を見て「誰か思い出した? 誰?」と尋ねて来る。
「あのね、あの人、去年も文化祭に来てて……私が困ってた時に助けてくれたの」
「ふぅん、そうなんだ」
「うん。もう一回ちゃんとお礼を言っておきたいから、ちょっと行って来る」
なんだか納得いっていない様子の椿を置いて、私はその男の人の元へ駆け寄った。
「あの、去年、数研で助けて下さった方、ですよね?」
私がそう言うと、その人は「あ、思い出してくれたんだ、良かった」と笑った。
──去年の文化祭で数研の店番をしていた時に、見学に来ていたお客様に部員が発表した内容について尋ねられ……当然の事ながら私には難しすぎて答えられずにあわあわしてる所を、居合わせたこの男の人が代わりに解説してくれたのだ。
あれは本気で焦ったし、本当に助かった。