先生がいてくれるなら③【完】
目の前の信号が赤に変わり、ゆっくりとブレーキを踏んで停止する。
サイドブレーキをかけて助手席へと視線を向けると、立花は泣きそうな表情になっていた。
「……泣かなくて良いよ。責めてるんじゃないから」
「……でも……」
「ごめん、責めるつもりで聞いたんじゃないんだ」
そう、そんなつもりで、聞きたいと思ったんじゃない。
立花の頭に手を伸ばし、なるべく優しく、宥めるように撫でた。
「悔しいけど、あの男の思惑通りだな……」
「……え……?」
そう、認めざるを得ない。
嫌な記憶を、完全に塗り替えられてしまったことを。
「もうひとつ聞いて良い?」
「……はい」
「あの時……、別れ話をするためにあの場所を選んだのって、なんで?」
「……先生が、……」
「うん……?」
「……多分、先生が一番、行かなさそうな場所だった、から……」
「そうだね」
「それに、先生にとって大切な場所は、避けたくて、」
「大切な場所?」
「はい、……数学準備室とか、先生の家とか、そう言う場所は、」
信号が赤から青へ変わる。
視線を、まだ言葉途中の立花から前へと移し、車を発進させた。