先生がいてくれるなら③【完】

立花と出会った時のことを、今でも時々思い出すことがある。


……出会った時、とは言っても、こちらから一方的に見ていた時、と言うのが正解かも知れないが。



テニスコートで一生懸命にボールを拾う姿がとても印象的だった、一年生の女子生徒。


彼女は、ボール拾いなんて言う楽しくも何ともない事に、真剣に、懸命に取り組んでいた。


あの時の一部始終は、アイツの全てを端的に表していたのだと気付いたのは、それからかなり経った頃だった。


正直言って、あの頃はまだ立花のことを “不真面目でチャラチャラした生徒” だと思っていた──否、思い込もうとしていたから……。



もうひとつ、よく思い出す場面がある。


それは、立花が二年生に進級した始業式の朝の出来事だ──。



あの日は朝からしとしとと雨が降っていた。


その雨はもうじき止もうとしていたのだろう、それまで薄暗かった空が、少しずつ明るさを増して来ていた。


そんな時──昇降口前に立つ女子生徒が、周囲に誰もいないことを確認して、いたずらっ子のように傘をクルリと回転させて雨粒を飛ばしているのを目にした。


遠目にも、雨粒がキラキラと光りながら、その女子生徒の周りを取り囲むように飛び散ったのが分かった。


彼女は嬉しそうに微笑むと、傘をそっと畳んで、校舎内へと消えた。


俺はしばらくの間、その場を動くことが出来なかった──。


< 351 / 352 >

この作品をシェア

pagetop