先生がいてくれるなら③【完】
「今更何を話すことがあるんです?」
俺はもう何も聞きたくない。
「あなたが跡取り欲しさに俺を愛人に産ませた、それが真実なんでしょう? これ以上何があると言うんです?」
俺が思ったままそう口にすると、親父は苦笑した。
「お前の母親は、お前が思っているような人物ではないよ」
「……意味が分かりません」
テーブルに置かれたティーカップの中、茶褐色の液体が天井を映し出しているのを俺はぼんやりと見つめた。
親父の目を見て話をしたことは、物心ついた頃以降、一度も無い。
「俺は愛人の子。つまり俺の母親は、あなたの愛人でしょう? それ以外に何があると言うんです?」
俺が刺々しい言葉を吐き出すと、親父は「そうじゃないんだ……」と悲しそうに顔をゆがめた。
何が “そうじゃない” のか、俺には全く理解が出来ない。
跡取りを設けるために愛人を作り、金と引き替えに子供を引き取った──。
そう聞かされて育った俺に、それ以外の事なんか分かるはずもないんだ。
俺は紅茶のカップに手を伸ばし、茶褐色の液体を喉に流し込んだ。
少し冷めてしまったその液体はとても渋くて、なんだか今の俺の気持ちにとても似ている気がする。
「孝哉、お前の母親は、恵美子だよ……、光貴と広夢の母親と同じなんだ」
──は?
意味分かんねぇ。
もしかすると、親父はボケたのか?
まだボケるには早いけど、若年性認知症というヤツもある、可能性がゼロなわけじゃ無い。