先生がいてくれるなら③【完】
それは彼に言った言葉ではなく、ただの独り言、彼の耳に届かないぐらいの小さな声だったのに。
彼の耳は俺の声を聞き取ったらしく、力なく首を振った。
「謝って済む問題じゃない事は分かっている、お前を深く傷つけた事も……」
親父の言葉に、俺は頷くことも、首を横に振ることも出来ないでいた。
どう反応すれば良いのか分からない……。
すると、その様子を見ていた親父が口を開く。
「恵美子を、──母さんを、責めないでやって欲しい」
母さんを責めるなんて、そんなこと……するわけない。
むしろ責められるべきなのは、俺だ。
謝らなくてはならないのは俺の方なんだ。
知らなかったとは言え、俺は親父に対してとても酷い態度をとり続けてきた。
俺は口を開き──だけど、もう一度引き結んで言葉を飲み込んだ。
だって何を言えば良いのか全く分からなかったから──。
「母さんを責めたりなんか、しないよ……」
俺は考えに考えた末、それだけを口にして、再び口を引き結んだ。
親父が自分の秘書の車を差し向けてきた理由が、やっと分かった。
こんな話を聞かされて、恐らくまともな運転なんか出来ないだろう。
そんな風に見透かされているのにも腹が立ったけど、何より、自分自身の今までの態度に、自分自身に、腹が立つ。
だけど、何をどう言えば良いのだろうか……、謝れば良いのか、それとも怒れば良いのか……。
俺の様子をずっと黙って見ていた親父がスッと立ち上がり、机の引き出しを開けて何かを取り出し戻ってきた。
そして手に持っているそれを俺に手渡す。
「孝哉、お前の父親の写真だ。そうたくさんは撮っていないが……」
──俺の、本当の父親の写真……。