先生がいてくれるなら③【完】
母親の件を聞いた翌日の、立花のクラスでの授業──。
昨晩いろいろ考えたけど、両親のこと、自分の中でまだ何も実感が湧かなかった。
正直言って激しく寝不足だ。
仕事は忙しいし、プライベートではこんなだし……。
そんな中、しれっとした態度で授業を受けているアイツに少しイラッと来て、絶対に解けそうにない応用問題で立花を指名した。
大人げない、と言われそうだが、知らねぇよ。
案の定、俯いて「……分かりません」と答える。
おいおい、少しぐらいは考えろよ。
周囲は “気の毒に” と言う空気で満ちている。
満ちてる、どころか、隣の男子(名前は忘れた(嘘))なんかは小声で「大丈夫、俺も分かんない」なんて立花に言ってて、思わず心の中で舌打ちしてしまった。
あの指名の後から、立花はずっと下を向いたままだ。
黒板に書いた数式をノートに書き写す様子も見られない。
次に進むから黒板消すぞ、書き写さなくて良いのか?
そんな俺の心の声が聞こえるはずもなく、俯いたまま微動だにしなくなった。
俯いたままの立花を置いてきぼりにして、授業はどんどん進む。
心の中でそっとため息を吐き、生徒達に問題を解かせている間に、俺はいつも持ち歩いている大きめのメモ用紙に、さっき消してしまった板書分を書き出した。
──書いたものの、渡すかどうかとても迷った。
俺たちの関係は、今はもう、ただの教師と生徒だ。
それに、たとえ板書を書き写していなくても、それは生徒自身の問題だ。
だけど……つい八つ当たりしてしまった俺も悪いから……、そう自分に言い訳をして、俺は、一番後ろの席に座る立花に、そっとそのメモを渡した。
問題を解いているのを見て回るフリをして、教室内をぐるりと回る。
立花が、ものすごく驚いた表情でメモを凝視していた。
相変わらず面白いなお前……。
俺は吹き出しそうになるのを堪えながら、いつも通り授業を進めた──。