先生がいてくれるなら③【完】
お母さんの話によると、私が初めて連れて行って絵本を読んで以降、何度か私が無理矢理連れて行った以外にも、平日の日中にひとりで小児科を訪れることがあるのだと言う。
……うそ、そんな話、私聞いてない。
たどたどしいながらも、毎回何冊かの絵本を読み聞かせていたらしい。
「そうそう、初めてひとりで来た時のことなんだ思うんだけどね、」とお母さんが言う。
「高峰さんが『上手に読めなくてごめん』って小さな声でミチルちゃんに謝ったら、ミチルちゃんが『一生懸命読んだから、下手じゃないんだよ? お母さんがお父さんにそう言ってた』って。高峰さんはそれを聞いて、涙ぐんでたみたいだったな」
──私の知らない彼女がいる……。
そんな高峰さんを、私はまだ想像できない。
ミチルちゃんの手術の成功を喜んで静かに泣く高峰さんを、どうしたって想像することが出来ない。
ちょっと前までは私に敵意の視線を向けていたその瞳から安堵と喜びの涙を流す彼女を、一体どうやって想像すればいいんだろう。
もちろん、彼女が変わり始めている事は、気付いてはいた。
私が無理矢理絵本の読み聞かせに連れ出した頃から、なんとなくだけど、時折見せる表情が少し柔らかくなったとは思っていた。
だけど……私の前ではいつも不機嫌で、睨みつける事は絶対に忘れないし、時にはボイスレコーダーや動画の件を持ち出すことも何度もあった。
それなのに────。
思えば、この頃から彼女は劇的に変わり始めていたのだと思う……。
私は、彼女の “本当の部分” を、知らない────。