君に伝えたかったこと
二軒目に腰を下ろしてからすでに2時間。
一杯だけのはずが、二人の前にはほとんど空になったボトル。
終電の時間はとっくに過ぎてしまった。

「芳樹は変わらないね」

「変わったよ。歳も6年分取ったし、紗江といたころよりもずっとずる賢くなった」

「ずる賢い?」

「そう、前より嫌なヤツになった。」

「そんなことないよ。私が名前を呼び捨てにできるのも同じ。紗江って呼んでくれるのも同じ」

「うん、まぁそうなんだけど。紗江ってさ、彼氏とかいるの?」

「いないよ。さっきも言ったじゃん。なんで?」

「いないならいいけどさ。もし彼氏がいるなら、こうして会うのはダメってこと」

「え? だって今は何にも関係ないのに。ただの知り合いだよ。仕事相手って芳樹も言ってたじゃん。へんなのー」

酔いも手伝ってか、ケラケラと笑う紗江。

「知り合いだけど、元恋人っていうのも事実だろ。
紗江に彼氏がいたら、きっとその人はいい気分しないと思うからさ。念のために確認しただけ」

その言葉に紗江の返事なかった。

「そういうとこ、変わってないね。優しいし、他人の痛みまで包み込んじゃうんだよね。だから一緒にいたんだもんね」

その声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
芳樹は黙って携帯をいじっていた。


(今は彼女はいるの?)

そんな疑問がちらっと顔を覗かせる瞬間。

折り返しとはいえ、久しぶりにかかってきた元恋人からの電話。

紗江の携帯電に表示されたのは数字だけでなく、「芳樹」の文字だった。

ここでもまた、止まっていた時間が動き始めた。


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