君に伝えたかったこと
元恋人同士であった芳樹と紗江だったが、仕事にそのことが顔を出すことはない。
ただ、この瞬間は二人の間にモノを創り上げるという共通のゴールがあっただけ。

「やっと明日で開放されるねー」

紗江がデスクの前で背伸びをする。

「ホント、やっと終わり。このデータを入稿しちゃえば、オレの仕事は一段落。でも紗江は、この先もクライアントとのやりとりがあるもんな。がんばってちょーだい」

「え? 私だけ? やだよ!! 何か言われたら澤田さんと相談しますって言うから」

「マジか! それに見合うギャラはもらってないけど」

「大丈夫、私の権限で最後まで面倒見てもらうから」

「いや、何も大丈夫じゃないし。オレだって他の仕事もあるんだよ」

「たいした仕事じゃないくせに」

「意外と俺、忙しいの」

「デートする時間もないくらい?」

「デートの相手はいないけどな」

一瞬の間が訪れる。

「あのね、明日このデータを入稿した後なんだけど予定ある?」

帰り支度をしていた芳樹が紗江の顔を見た。

「入稿したあとって、夕方?」

「うん」

「空いてるよ」

その言葉を聞いて紗江の顔が一気に明るくなった。

「ホント? せっかく仕事が片付いたんだからお祝いしよう!」

紗江の言葉に戸惑う芳樹。
その気持ちを紗江に悟られないように、すぐに返事をする。

「あ、うん。じゃあ、明日の待ち合わせは午前中にでも連絡するから」

「わかった待ってるね」
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