君に伝えたかったこと
-芳樹の事務所-

「ごめんな、今回も頼んじゃって」
「大丈夫だよ、ワタシ定時上がりの人だし、芳樹と仕事するの楽しいもん。それにバイト代も出るし」

そう言いながら、紗江は事務所のキッチンでコーヒーを淹れ始める。

「はい、コーヒー。ブラックね」

「おっ、サンキュ。気が利くねぇ」

「昔からね」

二人の間には不思議な安定感があった。
言葉の一つひとつ、会話のつながり。
誰が聞いていても、仲の良い雰囲気が伝わってくるほどだった。

「ねぇねぇ、ちょっと聞いていい?」

パソコンに向かって原稿を書いている芳樹の背後から紗江が声を掛ける。

「ちょいまち。あと1分だけ」

二人きりの事務所にキーボードを叩く音だけが響く。

しばらくして、その音も止まり、芳樹がチェアごとくるり紗江の方向に向きを変えた。

「で、何?聞きたいことって」

「あのさ・・・」

紗江は一瞬戸惑ったような表情を見せた。

「なんだよ? バイト代もっと出せって?」

芳樹がコーヒーカップを片手に、そう言い終わると同時だった。

「ねぇ、芳樹の事務所で雇ってもらえないかな?」

「はい?」

「だから、会社辞めてこの事務所で働きたい」

沈黙が流れた。

「何言ってんの、紗江の会社は超安定の優良企業じゃん。やめる意味なんてないでしょ」

「安定とかそういうのは関係ないの!!!」

自分が出した声の大きさにハッとし、次の瞬間、慌てて口を押さえる紗江。

「ごめんね」

何も言わず芳樹がゆっくりとチェアから立ち上がって、紗江の肩をポンと叩く。

「こっちこそ、ごめんな」

「なんで芳樹が謝るのよ、意味わかんない」

紗江はじっと芳樹の目を見つめていた。
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