君に伝えたかったこと

わかってないよ

飲み会当日の夜

週末の居酒屋。店内はほぼ満席で、4人掛けのテーブルに二人でいるのが申し訳ないほどだった。

目の前の紗江は、いつもよりテンションが高いような気がした。
いや気のせいではなく、間違いなく高かった。
 
予定では、最初から3人で飲むはずだったのだが、撮影で大志が遅れてくることになったために、しばらくの間は紗江と差し向かいだ。

お店に入ってから15分。すでに紗江は2杯目のジョッキを飲み始めていた。

「ペース早くないか?」

「そう?」

 声をかける芳樹の心配をよそに、紗江は一気にジョッキを傾ける。

「今日はね、芳樹のおごりだからね。大志君が来ても、みーんな芳樹のおごり」

「わかったわかった」

 あきれたように言うその言葉に、紗江が再び噛みついてくる。

「わかってないよ、なーんにもわかってない」

「なんだよ、絡み酒か?」

「絡んでないじゃん、わかってないって言ってるだけだよ」

紗江の言いたいことがわかるからこそ、芳樹は何も言い返さなかった。

「ところで、私の転職話なんだけどね」

「え? あの話ってマジだったの?」

「は? 当たり前でしょ。この前はなんかはぐらかされたっぽいけど。オフィス331に転職はできるんですかね? 社長!」

「いやいやいや、ちょっと待ってよ」

「経営者の決断はスパッとしないとダメ。それに転職ってぱっぱと決めないと、なかなか進まないんだからね!」

酔いも回ってきたのか、紗江はいつも以上に早口で巻くしたてる。

「転職とか言ってるけど、俺の事務所に来て何するの? それに給料なんか今の半額、いや3分の1だって」

「そういうのはもういいの」

「もういいのって・・・それ一番大事だろ」

 この転職話が、本気ではないことを芳樹はわかっていた。

「わかったからさ、今日はお祝いだから飲もう」

そう言って店員を目で探す。

「わかってないんだよ、芳樹は」

 紗江がテーブルに視線を落としたまま小さな声でつぶやく。

(大丈夫、わかってるよ。いろんなこと・・・)

2杯目のジョッキが空になったころ、大志が大きなカメラバッグを担いでやってきた。
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