君に伝えたかったこと
しばらくして、さおりが家にやってきた。

〈ピンポーン〉

ふらふらと立ち上がり、玄関へ向かう。


「大丈夫?」

さおりが心配そうに声を掛ける。

「大丈夫・・・じゃないかな。でも・・・大丈夫」

そう言って招き入れたさおりをリビングへ通す。

「今コーヒー淹れるね、座ってて」

しばらくして、コーヒーカップが静かに置かれた。
黙ったままの二人。

先に言葉を発したのはさおりだった。

「あのね、今日来たのは美貴恵にこれを渡すためなんだ」

そう言いながら、バッグから茶色い封筒を取り出し、美貴恵に手渡す。

「書類? 本?」

手で持った感触だけでは何かわからず、封筒を開けて中身を取り出してみる。

それは綺麗に製本された一冊の本だった。

「え?」

美貴恵はさおりの顔を思わず見る。その視線の先で黙って小さく頷くさおり。
ゆっくりとページをめくる

1ページ

2ページ

3ページ目をめくろうとした瞬間、美貴恵の瞳から涙が一気に溢れ出した。
そして、さおりがいることも気にせず、その本を両手で胸に抱え、大声を上げて泣き崩れた。

美貴恵の泣き声は、なによりも、悲しく、寂しく、切なく響く。

美貴恵が手渡された本は、著者の名前しか書いていない特別なもの。
世界に一冊しか存在しない本。

大切な人への想いをすべて詰め込んだ、たったひとつの恋愛小説。

「その本、芳樹のカバン中にあったんだって。事故の後、車を引き取りに行った大志君が見つけたんだけどね。確認のために、私が見たんだけど・・・それ美貴恵、あなたのためだけに芳樹が書いた本だよ」

「私のためだけに?」

「そう、売るための作品じゃない。きっと、あの日あなたに渡すつもりだったんじゃないかな」


『君に伝えたかったこと』

芳樹が残した本のタイトルだった。



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