冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 向こうで、心配そうにわたしの様子をうかがう翔平にこんなくだらないことで電話して申し訳ない気持ちになる。

「別に特別用事があったわけじゃないの」

《そうか、瑠衣はあんまりそういうことしないからめずらしいな。今は?》

「ん、もうベッドの中」

 時刻は二十三時半。明日は早番なのでいつも寝る時間だ。

《そうか、俺も横になるか……っ》

 ぎしっとベッドのきしむ音が聞こえた。お互い離れているけれどなんだか隣に寝ているような感覚に少し照れ臭くなる。

《今日は忙しかった。ちょっと大学に呼ばれたから》

「ふーん、続けてる研究のこと?」

《ああ。ちょっと色々あってな》

 翔平は中村クリニックで院長を務めながら、大学で恩師との研究も続けている。中村クリニックで働くことになったのは、姉の旦那さまである前・クリニック院長である中村和也さんに頼まれたからだそうだ。

 色々か……でも聞いても多分わからないだろうな。こういうときお姉ちゃんみたいに看護師だったら、少しは翔平の話も理解できたのかな。

「お疲れさま」

 深くは聞かずにねぎらった。お互いリラックスしてとりとめのない話をしていると、睡魔が襲ってくる。

《おい、聞いてるのか?》

「うん……大丈夫」

《もう切るか?》

「ダメ、もうちょっと」

《なんだよ、いつもより甘えん坊だな》

 自分でもそう思う。けれどもう少し翔平の声を聞いていたかったのだ。

 周りからあれこれ言われてちょっと不安だった。でも彼の声を聞いているとどうでもよくなっていく。

 まぶたが落ちてきた。

《寝たのか?》

「……ううん、起きてる」

 そう答えたけれど、半分夢の中だ。翔平の声が遠くに聞こえる。

《寝てるだろう……ったく》

 少し呆れた様子で笑っている。

 ああ、この笑い方好きだな。

 そう思いながら完全に眠りにつく間際。

《かわいい瑠衣、好きだよ》

 そんな風に彼が甘く囁いた気がした。

 その日わたしは夢の中で、翔平の腕に抱かれて眠った。

 ゆっくりゆっくり、会えても会えなくても翔平の存在がわたしの心の中で大きくなっていった。


 それから数週間。

 目覚めから体がだるい。それでも仕事には行かなくてはいけない。重い体を引きずってベッドから出てキッチンに向かう。

「おはよう」
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