冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 翔平の動きが止まる。明らかに不機嫌な顔をしている。しかしわたしはそれを無視した。見てしまったらちゃんと最後まで話ができないだろうから。

「アメリカなんてすごいね。お義兄さんが留学していた大学で研究するって聞いた。頑張ってね」

「おい」

「すごいな~わたしも旅行なら海外行ってみたいけど、住むのは無理だな。英語まったくできないし、ご飯も和食大好きだし、それに――」

「それに、あとなんだっけえーっと」

 翔平の言葉を無視して話をしようとしていた。けれど彼は許してくれない。

「瑠衣」

 二度目に名前を呼ばれてさすがに黙った。

 半ばわたしを睨みつけるような表情を見せる翔平に、思わず息をのむ。押し切ってしまってさっさと退散する作戦はどうやら失敗したみたいだ。

「俺の顔を見て」

 そう言われると素直に従ってしまう。悲しいけれど惚れた弱みだろう。

 黙って彼の顔を見ると、その目に怒りが見てとれた。

「お前は、それでいいんだな?」

「それでって……?」

「俺がひとりでアメリカに行っていいんだな?」

 いいわけないじゃない。だけどそんなこと言えるはずない。

「なんでそんなこと聞くの? アメリカ行きの話が出たときにわたしのことが頭をよぎっていたなら、少なくとも他の人から翔平の留学の話を聞くことなんてなかったと思う」

「それは――」

「そういうことでしょう。大丈夫だから全部言わなくて。わたしたち――」

 ここまできて先を続けるか迷った。だけど言わなくちゃいけない。人生最大の覚悟を決める。

「ちゃんと付き合っていたわけじゃないもんね」

 翔平がわたしをきつく睨む。一瞬にして周りの空気が凍りついた。

「なんだよ。付き合っていたわけじゃないって」

 掠れた声。怒りを抑えているのがわかる。

 でもわたしはこんなに彼が怒っているのに、ちょっとうれしいとさえ思った。翔平もちゃんとわたしに向き合ってくれていたんだなって思えたから。

 それだけで涙が出そうになった。ちゃんと思い合っていた。

 だけど……だからこそ……わたしは今彼に嫌われようと必死になる。

「だって、そんな話した? たまにデートしてエッチしてただけじゃん」

 自分をできるだけ軽い女に見せる。あくまで翔平とのことは遊びだったんだと……自分の心と裏腹のことを口にするのはつらいけれど、今頑張らないと。
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