冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「今さらなに言ってるの? 翔平だってそのつもりだったんでしょう?」

 彼は口をギュッと引き結び、手にしていたロックグラスの中身を呷るようにして飲んだ。そしてそれを乱暴にテーブルに置いた。

「そうだな。たいしたことない関係だったな」

 自分で言い出しておいて、彼に肯定されると思いのほか傷ついた。ズキンと痛む胸に耐えて笑顔を浮かべる。

 このくらい……翔平だって嫌な思いをしているんだから、我慢しなきゃ。

「じゃあ、会うのはこれでおしまい。じゃあね」

 本当に軽く言った。これ以上ここにいたらあともう少しもう少しと引き延ばしてしまいそうだから。

 カウンターの椅子から降りて、わざと翔平の顔を笑顔で覗き込んだ。嫌な女だと自分でも思うが、思い切り嫌われた方がいい。お互いのためなんだから。

「ああ、瑠衣も元気でな」

「……っ」

 最後の言葉。それを引き出したのは自分。欲しい結果が得られたのに胸が締め付けられ鼻の奥がツンと痛い。

 慌てて顔をそむける。あと数秒遅かったら涙がこぼれていたに違いない。

 わたしはこれ以上この場にいられないと、踵を返して出口に向かった。顔を上げて背筋を伸ばして……一ミリも後悔している姿を見せてはいけないと、最後の意地を見せた。

 きっと翔平の目に映る最後の自分だから。

 バーの扉を開き外に出る。後ろ手で扉を閉めた後、わたしは顔をうつむけて早足で必死になってその場から離れた。どこに行くとも決めていない。ただ早く翔平から距離をとりたかった。

 もしかして追いかけてきてくれるなんて思ってる? あんなひどい言い方したのに?

 もうひとりの自分が、自分に話しかける。

 そうだよ……わたしと翔平は終わったの。わたしが終わらせたんだから。

 早足がゆっくりになる。そして足が動かなくなる。

 抑えていた気持ちが、涙になってあふれ出す。それと同時にわたしはその場にうずくまってしまう。ぼろぼろと流れる涙を手で拭うが追いつかない。嗚咽をあげはじめたわたしは顔を覆う。

 間違ったことなんてしていないのに、なんでこんなに泣けてくるんだろう。

 翔平が研究に打ち込める環境に身をおくことができるのに、わたしがいたら邪魔になるじゃない。きっと優しい翔平はお腹の子の話をすれば責任を取ってくれる。でもそれで本当に後悔しない?
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