冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 アメリカで研究をできる人なんてほんのひと握りのはずだ。そんなチャンス逃してほしくないし、全力で打ち込んでほしい。

 それに……責任なんて言葉でわたしとお腹の赤ちゃんを受け入れないでほしい。それならわたしは赤ちゃんとふたりで生きていく道を選ぶ。

 生まれてきた子供はこの選択をどう思うかわからない。いつか物心ついたら非難されるかもしれない。でも……父親がいない選択をわたしがしてしまった分この子にはたくさんの愛情で包んであげよう。

 わたしの愛した人……翔平の子供なんだから。

 きっとこの子がわたしの支えになってくれる。勝手なことをしてごめんね。でもわたしはあなたがいるから生きていけるよ。

「あの……大丈夫ですか?」

 心配した女性が声をかけてくれる。わたしは涙を拭って答えた。

「はい、もう平気です」

 本当は全然平気じゃないけれど。でもこれから先何度もこうやって強がらなきゃいけないことがある。

 立ち上がったわたしは、しっかりと前を向いた。

『いいか、この手を離すなよ』

 いつかの翔平の言葉。その手を自分から手放した。

 約束守れなくてごめんね。

 届くはずのない謝罪の言葉を、何度も胸の中で繰り返した。


* * *


「同じものを」

 バーテンダーに空になったグラスを差し出す。すでに四杯飲んでいる。いつもならとっくにやめている量だ。だからこそ相手の『大丈夫なのか?』という視線を感じるけれど『大丈夫じゃなくなりたい』気分だから、早く新しいのを作ってくれ。

 完全にやつあたりだ。わかっているけれどそうでもしなければ、やっていられない。

 俺たちの関係は……そんなもんかよ。

 どんなに考えても納得できない。俺たちそんな簡単に別れられるような関係だったか?

 瑠衣は時々デートしてセックスしてただそれだけって言っていたけれど違うだろう。

 少なくとも俺は違った。

 会っているときはもちろん、会っていないときだって瑠衣のことを考えていた。時々甘えて電話をかけてくる瑠衣も、からかうとすぐにすねる瑠衣も、意地っ張りでなんでも完璧にこなしたいと努力を重ねる瑠衣もどれも愛おしく思っていた。

 確かにアメリカ行きを言えなかったのは俺が悪い。少しでも早く言っておくべきだった。でも大事なことだから時間を作ってちゃんと話をしたかった。俺たちふたりの将来のことだから。
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