冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 ついてきてほしいっていうのは、俺のわがままだよな。

 瑠衣は今の美容部員の仕事が好きだ。日々研究をしているし人を綺麗にする仕事だからと、自分に対しても手を抜かない。新しいコスメが発売されるとかなり勉強をしていた。

 それくらい情熱をささげている仕事を辞めさせてアメリカで一緒に過ごそうというのは俺のエゴだ。

 彼女がきっとあんな風に、自分を悪く見せたのは自分が悪者になった方が別れやすいからだろう。お互い引きずらないで済む、そう考えたのかもしれない。

 どれくらい悩んだんだろうか。いつも考えすぎる彼女を楽にしたくて一緒にいたはずなのに、俺が一番彼女の負担になっていたなんて笑い話にもほどがある。
「はぁ」
 ため息をついてテーブルの上に置いてある封筒を見つめる。

 それでも俺との未来をどんな形でも、思い描いてほしかった。

 ついてこなくても、待っているという選択肢だってあったはずだ。でも瑠衣はその選択をしなかった。

 彼女が出した答えを尊重するべきだ。諦めが悪い自分にそう言い聞かせる。

 新しく差し出されたグラスは放っておかれて、周りに水滴がついている。急かした割に全然手をつけていないのは申し訳ない。

 手に取りぐいっと飲む。喉が焼けるように熱い。そろそろ酔っぱらってもいいはずなのに、全然酔えない。

 なにもかも今だけは忘れてしまいたいのに、思い浮かぶのは瑠衣のことだけ。これでは完全に悪循環だ。

 このまま飲み続けても、いい結果にはならないだろうな。

 俺は酔って忘れるということを諦め、席を立った。テーブルに置いてあるほとんど手をつけていないオレンジジュースを見て悔しさとふがいなさが込み上げる。

 支払いを済ませて席を立つ。

 扉を開けて店を出た。人の波の間を縫うように歩く。

 ふと目に入った女性がふいに瑠衣に見えたが当然人違いだ。

 あのとき……追いかけるべきだったか。

 そう思うけれど、瑠衣のあの様子を見ているともう彼女の中でなにもかも決まってしまっていたように思う。だからあえて止めなかった。

 でも最後に……。

「……さん、お客さん!」

 聞いたことのある声がして振り返る。そこには先ほどのバーテンダーがこちらに向かって走ってきていた。目の前に来た彼が封筒を差し出す。

「これ、忘れものです」

 確かに俺が持っていたものだ。

 でももう……必要のないもの。
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