冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
第三章 靴を拾った王子様

第三章 靴を拾った王子様

 自転車を全力で漕ぐ。家の前の坂道が一番きついけれど、そこを越えれば目的地はすぐだ。仕事を終えて息つく暇もない状態で会社を飛び出し帰宅の途につく。それがわたしの日課だった。

 門の前に自転車を止めて早足で玄関に向かう。鍵を開けて「ただいま~」と声をかける。するとリビングからテレビの音に交じって聞こえてくるのだ。


「ママ!」

 愛しい息子である、悠翔(ゆうと)の声が。

 わたしの声を聞いてパタパタと走ってくる。そしてすぐに「ん!」と言って両手を差し出した。抱っこの合図。わたしは荷物を玄関にほっぽり出して悠翔を抱き上げる。

「ただいま、ゆうくん」

「まーま」

 ぷくぷくのほっぺに頬を擦り付ける。これがわたしたちの挨拶。

「あっち!」

 感動の再会もあっけない。つれない悠翔はもうテレビが見たいとリビングを指さしていた。

「はいはい、あっちね」

 わたしは悠翔を抱っこしたままで靴を脱いでいると、中から母がやってきた。

「いつまで玄関にいるの? あなたたちの分の天ぷらも揚げてるの。持って帰るでしょ? 手伝ってちょうだい」

 キッチンからいい匂いが漂っている。

「わかった。ありがとう、助かる」

 父に悠翔を預けて、わたしはキッチンに向かう。

 リビングからは父と悠翔が子供向けのテレビの体操を一緒にやっている声が聞こえてきた。

「それ、見ておいてくれる?」

 コンロの前に立ち、油の中の野菜をひっくり返す。すでに悠翔の好きなカボチャやサツマイモが美味しそうに揚がっている。

 その横でタコの酢の物や、茶わん蒸しを手際よく作る母。
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