冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 わたしが頷くと、なぜだか翔平が大きなため息をついた。

 彼の言うところの〝あの男〟とは、ここ最近わたしが何度か食事をした相手のことだ。

 飲み会で知り合って意気投合した……つもりだった。スマートな身のこなし、話題も豊富。さりげない気の使い方も高得点だった。最近なかなか出会えなかった好物件だと思ったのに、まさか妻子持ちだったなんて。

「確かに気付こうと思ったら気付けたんだと思う。車はファミリー向けのワンボックスだったし……でもサーフィンが趣味だって言っていたから、納得してたんだけどな。土日は仕事っていうのも、前に同じ業界の人といい感じになったときに、同じようなこと言っていたから。それにわたしも平日の休みが多いから、会いやすいっていうのもあったし」

 今思い返してみれば相手のことを信じたいがあまり、随分自分の都合のいいように物事を考えていたのではないかと思う。しかしそのときは、彼が既婚者だったなんて微塵も疑ってもいなかった。

「それで、なんでわかったんだ?」

「それは……飲み会の主催者が『あいつ既婚者だよ』って」

「は? それまでお前確認しなかったのか?」

「うん」

「はぁ~……なあ、詰めが甘いんだよ。変に男のことリサーチするくせに、肝心なところはなにも調べてないじゃないか」

「面目ない」

 翔平の言う通りで、一ミリの反論の余地もない。仕事や趣味なんかよりも奥さんがいるかどうかきちんと調べる方がよほど大事だ。

「ねえ、わたし訴えられちゃうかな?」

「は? 訴えられるようなことしたのか?」

 翔平がその綺麗な目を見開き、怒りをあらわにしている。

「えっと、食事に二回だけ。その後家まで車で送ってもらったけど」

「ホテルは?」

「まさか! 手も握ってない」

 ぶんぶんと勢いよく頭を振って否定した。自慢じゃないがきちんと付き合ってもいない相手と、そういうことはしない。わたしにとってはまだ見極めの段階だったから。

「だろうな。そういうところはちゃんとしてるもんな」

 飲み会に積極的に参加して、紹介なんかもなるべく受けるようにしている。美容部員という仕事柄お化粧もきちんとしていることが多い。一見して派手に見えることは自覚している。

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