冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「あーあ、昔ちゃんとお料理教えてもらっておくんだった」

「だから言ったでしょ? 後で困るわよって」

 その通りだ。なんとか食べられるものは作れるけれど、母の味には遠く及ばない。

「自分が食べるだけならいいけど、悠翔がいるからなぁ。子供にはまともなもの食べさせたい」

「そうやって、無理しないのよ。別にうちで食べて帰ればいいんだから」

 母は心配してそう言ってくれるけれど、わたしは首を振った。

「そう、あなたが頑固なのは知っているけれど、本当に無理になりそうなら、ここで一緒に暮らしましょう。わたしたちだってあなたたちがいた方が、楽しいんだから」

「ありがとう、でもできるところまでやってみる」

 わたしは実家近くのアパートを借りて悠翔とふたりで住んでいる。でもやっぱりひとりで全部こなすのは無理で……結局こうやって実家の両親の手を借りていた。

 悠翔を妊娠していると打ち明けたとき、父も母も心底驚いていた。いつも物事を考えて計画を立てて生きてきたわたしが、いきなり妊娠を告げたのだ。

 しかも相手の名前は絶対に明かさないと口を固く閉ざした。ひとりで産むと言うわたしに両親は最初難色を示したが、最後は折れてくれた。

 でもその日の夜、母がリビングで泣いていたのを知っている。それはわたしが進む道がいばらの道だということがわかっていたからだろう。

 だからこそ、悠翔とふたり誰よりも幸せになるのだ。そう誓って三年、がむしゃらにやってきた。

 もちろん両親の手助けも大きい。わたしが今日みたいに仕事で遅くなるときには、代わりに保育園に迎えに行き帰宅するまで預かってくれている。

 仕事は美容部員ではなく、本社の営業部に異動した。今はそこで営業事務をしている。

 子供がいるから美容部員ができないわけじゃない。けれどわたしはひとりで育てるのでできれば勤務時間がある程度決まっていて、かつ休みがとりやすい職場がいいと当時の上司が考えてくれた。その上司は早くに父親を亡くし、母親に育てられた経験からそのように配慮してくれたのだ。本当に恵まれた環境だと思う。

 わたしの思い描く理想の母親像とはほど遠い。それでも愛情だけは人一倍悠翔に注いできたつもりだ。

 なんとかその日その日を生きている。でも悠翔の存在がわたしを幸せにしてくれている。

「ねぇ、瑠衣……やっぱり……ごめん、なんでもない」
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