冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 お皿を片付けるのは後回しにして、悠翔が寝てしまう前にお風呂に入れなければならない。保育園に通うようになって、服の着脱が本当に早くなって助かる。独身の頃決して怠らなかったスキンケアは完全に後回し。そのかわり乾燥気味の悠翔の体にたっぷりと皮膚科でもらったローションを塗り込んだ。

 髪を乾かす暇もなく、そのまま寝室に向かう。枕元に置いてある絵本を読み悠翔を寝かしつける。

 今日は疲れたなぁ……もう一回ゆっくりお風呂に入ろう。

 すっかり眠ってしまった悠翔の隣から抜け出して、もう一度バスルームに向かう。忙しい毎日の中の唯一のストレス発散が、このひとりバスタイムだ。

 バスボムを浮かべて、ゆっくりと体を湯船に沈める。乳白色の湯から立ち上るほのかなラベンダーの香りを吸い込んだ。

「はぁ……疲れた」

 声に出して失敗したなと思った。余計に疲れた気がしたからだ。理由はきっと母が言っていたクラスのママたちの言葉に傷ついているからだ。普段は気にしないのだけれど、ここのところ疲れていたせいか、気持ちが沈む。

 悠翔を産むと決めたとき、ある程度覚悟はしていた。シングルマザーなんてめずらしくないし。でも実際に自分がその立場に置かれてみると、色々と嫌な思いをする機会はあるわけで……。

 今は自分だけが、噂やいわれのない中傷を受ければいいけれど、それが悠翔にも向く可能性があると思うと不安になる。

「あぁ……やだやだ」

 噂話をするママたちが嫌なんじゃない。そんな他人の言葉に振り回されている自分がふがいない。悠翔をはじめて抱いたときに決めたのに。強くなろうって。

 でもやっぱり傷つくことは、自分ひとりで生きていたときよりも多くて。子供のことになるとこんなに簡単に気持ちが不安定になるなんて思ってもみなかった。

 わたしはにじんできた涙をごまかすように、乳白色の湯の中に頭までつかった。

 しっかりして! わたしは母親なんだから。



 気持ちが沈む日もある。けれど子育てに追われてずっと落ち込んでいるわけにはいかない。

「先生さようなら」

 今日は仕事が早く終わったので、保育園の迎えの時間に間に合った。悠翔と一緒に先生に挨拶をして帰る。

 靴箱のところで、例のママたちがなにかを話していたけれど、わたしは自分で靴を履いた悠翔と一緒に大きな声で「さようなら」と声をかけて園を後にした。
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