冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 自転車の後ろに乗せて走り出す。

 自転車が大好きな悠翔は終始ご機嫌で助かる。今日は目に入った鳥や木々に「ばいばーい」と手を振っていて、そのかわいさだけで一日の疲れが癒される。

「あ!」

 しばらくしたところで、悠翔が声をあげた。わたしは自転車を停め後ろを振り向く。

「なに、どうかした?」

「くつ、ない」

「え? 靴?」

 悠翔が指さす右足を見ると、確かにない。さっききちんと履いていなかったせいで、どこかで落としたのだ。

「えーもう。どこに落としたんだろう」

 もうすぐアパートに着くのに、来た道を戻って探さなくちゃ。

 自転車を停めたわたしは、後ろを振り返り見える範囲にないか確認する。

「もう。だからちゃんと履いてほしかったのに」

 今さら言っても遅いとわかっているが、思わず愚痴ってしまう。

 唇を尖らせて下を向いて小さな靴を探していると、誰かが近付いてくる足音が聞こえた。

 街灯の明かりの下に相手が来る。手にしているのは悠翔の靴だ。

「あ! ありがとうございます」

 わたしは相手に駆け寄ろうとして、その場に固まってしまった。

 う……そ……。

 まさかと思って目を凝らす。わたしがぼーっとしている間に男性が街灯の明かりの真下までやってきて顔がはっきりとした。

 まさか……ね。そんなはずない。

 だからよく見たらただの人違いだってすぐに……すぐに……。

 でもよく見れば見るほど……彼にそっくりだ。でも、どうしてこんなところに、彼のはずがない、彼は今アメリカにいるはずだ。

 必死になって〝彼じゃない理由〟を探す。

 しかしその男性を見れば見るほど、彼にしか見えない。

「翔平……」

 思わず彼の名前が口をついて出た。ハッとして口元を押さえるけれど遅い。

「久しぶりだな、瑠衣」

 彼はわたしに近付くと、紺色の悠翔の靴を差し出しながらそう言った。

 その表情は硬く冷たい。しかしわたしをまっすぐ見つめていた。

 驚きで固まっていたわたしは、靴を受け取ることさえできない。

「なんだよ、返事もなしか」

 翔平は固まってしまったわたしの手を取り、右手に靴を握らせた。

 彼の体温を感じたその瞬間、わたしの中に眠っていた彼がぶわっとあふれ出してきた。

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