冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 初対面で目を奪われたこと、バーで愚痴を言うわたしを笑っている彼、はじめて結ばれたあの夜……それから、最後に見た彼の怒りと失望を交えたあの顔。

 あまりのことに体がぐらっと傾きそうになる。そんなわたしの手を取って支えたのは翔平だ。

「ど、どうして……なんで」

 そんな言葉しか出てこない。パニックになって状況の把握ができずにいたわたしの耳に聞こえてきたのは「ママー!」とわたしを呼ぶ悠翔の声だった。

 現実に引き戻されたわたしは自転車に乗せたままだった悠翔に駆け寄る。そしてどうしてだか拾ってもらったばかりの靴を必死になって履かせる。けれど焦っているせいかうまくできずにますます焦ってしまう。

「ゆうくんの、ゆうくんの」

「そうだね、ゆうくんのだね」

 なにがうれしかったのか、足をバタバタさせる悠翔のおかげで全然うまくできない。早く靴を履かせてここから立ち去らなきゃ。気持ちが焦っていた。

 それを見かねたのか翔平の手が伸びてきて、わたしから靴を奪う。そして素早く履かせると悠翔の顔を見たままわたしに尋ねた。


「俺の子だな?」


 なんとかごまかさないと……そう思う。

「なに、いきなり……そんなわけ」

 声が震えてしまう。これでは、嘘だとすぐにばれてしまう。

「そんなわけないだと?」

 翔平はじっと悠翔を見つめている。おそらく医師という職業柄子供の年齢もある程度推測しているだろう。しかしそれよりも、彼にそっくりな悠翔が他の人の子供であるはずがない。

「俺の子だよな?」

 翔平の念押しの言葉に、わたしは力なく頷いた。



 ざわざわと騒がしいファミリーレストラン。

 平日の夕方、家族連れや大学生のグループが何組か座って食事をしている。

 ちょうど窓際の席が空いたので、わたしと悠翔が座り向かいに翔平が座った。

 子供用の椅子に座った悠翔は、さっきからしきりに手を合わせて「ます! ます!」と言っている。いつもお腹がすいたら『いただきます!』をして食事を催促されるのだ。

「ごめんね、ここくらいしか思いつかなくて。ごはん食べさせていい?」
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