冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 あのまま立ち去ることを翔平は許してくれなかった。結局話をしたいと彼に言われて思いついたのは駅前にあるファミリーレストランだ。子連れで周りに迷惑をかけない店の選択肢なんて限られている。ここなら何度か訪れたことがあるし、悠翔が食べられるものが必ず置いてある。

 タッチパネルで注文を済ませると「ちょっとお願いできる?」と、翔平に伝えて、ドリンクバーで悠翔に野菜ジュースを用意する。ここはスープもあるので、お腹がすいて待てそうにない悠翔のためにそれも用意した。

 振り返ると悠翔はじっと翔平の顔を見つめている。翔平もいっときも目を離さずに悠翔を見ていた。

 まさかこんな日がくるなんて思ってもみなかった。想像もしたことがなかった不思議な光景に席に戻ろうとした足が止まる。

 周りから見たら親子に見えるよね。当たり前か……正真正銘の親子だもの。

 悠翔がこちらを見たのに気が付いて、慌てて席に戻った。テーブルの上にジュースを置くとうれしそうにパチパチと手をたたいて喜んだ。

「こぼさないように、ゆっくりね」

 食事用のエプロンをバッグから取り出して悠翔の首につけると、「ます!」と元気よく言ってジュースを飲みはじめた。

 そうこうしているとあっという間に、悠翔の食事が運ばれてきた。

「あー! ゆうくんの!」

 手を伸ばした勢いで危うくお皿をひっくり返しそうになる。慌てて押さえて難を逃れた。

「待って、ほら近くに寄せて食べないと」

 全部自分でしたい年頃なのか、最近わたしが手を出すことを極端に嫌う。そのせいか食事をするのも随分上手になってきた。

 短く切ったミートソーススパゲッティをフォークですくって器用に食べている。唇や頬にソースがついているけれど、それは食べ終わってから綺麗にすることにしよう。

 やっと落ち着いたところで、翔平の方を見た。彼はここに入ってからひと言も話さずにじっと悠翔を見ている。それはこの小さな子供のどんな行動も見逃さない、そんな様子に見てとれた。しかし表情は硬いままだ。彼が今なにを思って、突然現れた自分の息子と対峙しているのかわたしには想像もできない。

「コーヒーでいい?」

 わたしが声をかけると翔平ははじかれたように「ああ、頼む」と答えた。そのときもずっと悠翔を見ていた。
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