冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 わたしがコーヒーを持って席に戻っても、翔平は身じろぎひとつせず食事をする悠翔を眺めている。

 悠翔は最初は勢いよく食べていたが、途中でスピードが落ちた。そしてフォークを持ったままうとうとしはじめて、頭を前後にゆすりはじめたのだ。

 あまりに疲れているとこういうことがある。わたしは椅子から悠翔を下ろすと、汚れた口をおしぼりで拭ってあげてからソファに横にさせた。

 何度か目を開けようとしていたけれど、睡魔に勝てなかったのかそのまま眠ってしまった。わたしは自分の着ていたカーディガンを悠翔にかけてあげた。

 翔平はレストランに入ってからほとんどしゃべらず、わたしと悠翔を黙ったまま見つめ続けるだけだった。

 そして今も眠っている悠翔から視線を逸らそうとはしない。

 最初翔平が現れたときにはわたしの方がパニックだったが、きっと翔平だって戸惑っているに違いない。

「名前は?」

「え?」

「だから、この子の名前」

 それまで自分からはひと言も口を開かなかった彼に急に聞かれて驚いた。

「ゆうと」

「漢字は?」

「……それは」

 わたしはわずかに渋ったけれど、スマートフォンを取り出して【悠翔】と入力して見せた。

「この漢字って、俺の?」

 ここで嘘をついたって仕方ない。翔平の名前からどうしても一文字もらいたかった。誰にも悠翔の父親のことは明かしていない。だからせめて名前には父親との繋がりを残したかったのだ。

 わたしは静かに頷いた。

「悠翔か……」

 翔平は悠翔の顔を見ながら、何度か名前を呼んだ。

「誰から聞いたの?」

 翔平はやっとわたしの方を見た。

「瑠璃ちゃんだよ。彼女から君に二歳の息子がいるって聞いたんだ」

 そっか……そこは繋がっているんだから、よく考えればわかることだ。でも疑問に思うこともある。

「でも、この子の歳だけ聞いて、自分の子だって思ったの?」

「ああ、それは自信があった。俺と付き合っていた時期とぴったりだし、瑠衣がそんなに簡単に次の男にいったとは思えないからな」

 ああやっぱり……翔平はわたしのことをよく理解している。他の人の子供だって一ミリも思わないでいてくれたことがうれしい。

 わたしはしっかりと翔平の顔を見た。

「ずっと……黙っていてごめんなさい」
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