冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 わたしと悠翔の世界に、翔平が入ってくることなんて今まで考えたことなかった。だから急に言われても困る。

「瑠衣だって俺になんの相談もなく悠翔を産んだ。だから俺もお前には相談しない。俺はずっとお前たちと寄り添っていくつもりだ」

「そんなの……詭弁だよ」

 自分のことは棚に上げて、勝手な言いぐさだとは思う。だけどそんなことを急に言われても『はいそうですか』とは到底思えない。

「瑠衣の意見は聞いていない。俺だってその権利はあるはずだ」

「確かにそうだけど……でもそんな急に、わたしは絶対認めないからね」

「俺だって急に父親になったんだ。それくらい我慢しろ」

「そんな!」

 そういえば翔平と言い合いをしてまともに勝ったことなんて一度もなかった。きっとなにを言っても引き下がるつもりはないだろう。

 どうしてこんなことに……?

 がっくりうなだれるしかできない。

「いいな。じゃあ、行こうか」

「どこに?」

 もう完全に向こうのペースだ。さからうことをやめたわたしは、素直に聞いた。いったい今からどこに行くというのだ。

「家に帰るんだろ」

「ああ、そうね」

 時刻はすでに二十時を回ってしまっている。いつもなら悠翔はお風呂を済ませてお布団に向かう時間だ。

 立ち上がり悠翔を抱き上げようとしたが、ひと足先に翔平が抱き上げた。

「……しっかり重いな」

 そう言った彼の顔が優しく微笑む。柔らかい手つきで悠翔の頭をそっと自分の肩にもたせかけた。まったく起きる気配もなく眠り続ける姿を見て笑みを深める。

 今まで見た翔平のどんな姿よりも優しく温かい。出会ったばかりのふたりだったけれど、はじめて父親として息子に会えた喜びを感じてくれたのではないか。それはわたしの希望的観測なのかもしれないけれど……。

 翔平がわたしたちと関わっていくと言ったのは、本気に違いない。彼の決心でこれからわたしと悠翔の生活が大きく変わるだろう。

 この先どうなるか……不安が先立つけれど。それでも悠翔を抱く翔平の姿はなんだか胸にくるものがあった。

 ファミリーレストランから歩いて十分。翔平は悠翔を抱いたまま自宅まで送ってくれた。自転車置き場に自転車を停めてから、悠翔を受け取った。

「ありがとう。最近体重が増えたから重かったでしょ?」

 子供の成長はうれしいけれど、抱っこするのが日に日につらくなってきていた。
< 40 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop