冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「いつもここのチョコレート食べてるとき、すんごい幸せそうな顔してた。だからもう一回見たいって思って」

 確かに……再会してから翔平の前では笑顔を浮かべたことなんてなかったかも。子育ては楽しいけれど大変なことが多いから、昔みたいに無邪気に笑う機会なんてあまりないもの。

「ありがとう、美味しい」

 一瞬だけチョコレートの幸せに満たされた。

「なんだかずっと走り続けてたから、こんな小さな幸せ味わうことすら忘れていたのかも」

 綺麗に箱に詰められたチョコレートを見て、最近の生活には無縁のものだなと改めて思う。だからこそこんな風に思ってるんだろうけれど。

 しかし次の翔平の言葉でその幸せが台無しになる。

「苦労したんだな」

 その言葉の中に憐(あわ)れみを感じてしまったわたしは強く否定した。

「苦労なんてしてない!」

 あまりの大きな声に悠翔がこちらを見ている。

「ごめん、なんでもないよ」と声をかけるとまたテレビに集中してホッとする。

「悪い、そういう怒らせるような意味で言ったわけじゃない」

「……わかってる、わたしこそごめん」

 お互い謝ったけれど気まずい雰囲気が流れた。

「すぐに俺にくってかかるの瑠衣らしいって思った。だけどすぐに謝れるようになったのは、変わった」

「そう……だね」

 そんなことないって否定したかったけれど、当たっている。

 苦笑いのわたしの手を翔平が取る。

「働いてる手だな」

「あ、うん。前みたいに綺麗じゃないから恥ずかしいけど」

 昔は指先に至るまで、常に綺麗にしていた。美容部員という仕事が誇りだったし、わたしを見てお客さんに綺麗になりたいと思ってもらいたかった。

「今はね、本社の営業事務をしているの。本来ならあまりないことだけどね、当時の上司がいい人で配置転換を上に掛け合ってくれた」

 わたしの話を聞きながら、翔平はわたしのかさかさの指先を撫でる。見られたくなくて手を引っ込めようとしても、しっかりと掴まれていて離してくれない。

「三年前、瑠衣の手すごく綺麗だった。それは今でも覚えている」

 だったら今のこの手を見て誰よりもがっかりしているに違いない。それなのに彼はかたくなに離してくれない。

「今は、もう……こんなだから」
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