冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 目の前のコスモポリタンを呷るようにして飲み干し、グラスを置いた。そしてそのままカウンターに頬をつけたまま「おかわり」とバーテンダーに空のグラスを差し出した。

 翔平の前だというのに、思わず本音が漏れてしまう。いや、彼の前だからこそこういう素直な気持ちが漏れるのだと思う。

 最初は翔平の前でも、ちゃんと猫をかぶっていた。けれど彼はわたしが少しでも無理をしていたりするとすぐに気が付くのだ。だからもう彼の前ではありのままのダメな自分でいることにした。

「そもそもまたでかい猫かぶって、男と会ってたんだろ?」

 今回もちゃんと言い当てられた。

「猫かぶりなんて言わないでよ。誰だって自分をよく見せたいものでしょ?」

 色々努力して少し背伸びしているわたしだって、わたしだ。そうやってずっと努力し続けてきた。

 翔平の言葉に思わず頬を膨らませる。他の人の前じゃ絶対にこんな子供っぽい顔しないけど。

「別にそれが悪いとは言ってない。だけど、恋愛においてそれは本当に正解なのか?」

「え?」

 いったいなにを言い出すの?

 そう思い翔平の方を見る。彼の持つロックグラスが揺らされて、カランと氷の音がした。

「恋愛って仕事と違ってプライベートの一部だろ? そんな〝はりぼて〟の自分でうまくいくわけないじゃないか」

 彼のはりぼてという単語にグサッときた。

「はりぼてって言いすぎじゃない?」

「悪かったな、つい本音で」

「余計に悪い」

 不満に思いながらも、翔平の言葉が間違っていないこともわかっている。

「作った自分しか見せてないから、うまくいかないんだよね。わかってる」

 相手に深く自分を知ってもらわなければ、うまくいくものもいかない。いつも条件や見かけで恋愛しようとするから、今回みたいなことになるんだ。

 バーテンダーがカウンターに置いてくれた、カクテルグラスのステムに指をかけたまま愚痴る。

「でも頑張ってるわたしでも恋愛できないのに、ありのままの自分なんか誰が付き合おうだなんて思うの?」

 意地っ張りでかわいげがない。だけど臆病で、本当は誰かに甘えたい。いつも周りの人に褒められたいと思っている。努力をやめるとダメになりそうで、怖くて手を緩めることができない。

 我ながら損な性格だと思う。
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