冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
第五章 愛し、敬い、慈しむということ
第五章 愛し、敬い、慈しむということ
電話の音が鳴り響き、キーボードを打つ音や、打ち合わせの声。ざわざわとした雰囲気の中わたしは資料づくりの仕上げをしていた。
昼休みにお弁当のおにぎりをほおばって、すぐにデスクに戻りパソコンに向かった。
本来の業務とは関係ないものだ。だがこれは一カ月後に控える企画部への異動のための試験の一環だった。
そもそも現場出身のわたしが、こうやって営業部にいるのもあまりないことなのだが、希望すれば業種を越えての配置転換を行ってくれるのはうちの会社のいいところだ。
ただそれに伴う課題や面接はきちんとあって、適性がないとなればもちろん希望は通らない。
わたしは二週間後に控えた企画部への異動試験の準備を仕事の合間にしていた。今回は企画書の提出と面接が課題になっている。
本社で働くようになって、オフィスワーク初心者のわたしは苦労した。パソコンさえ使えたらなんとかなると思っていたけれど、やはり畑違いの仕事は子育てしながらはきつい。だが売り場での経験が役に立つとわかってからは、自分にできる仕事が増えていった。そして働いていくにつれて目標が大きくなる。それが企画部で働きたいということだ。
母になってメイクも変わった。忙しくてできないこともある。でも口紅一本あれば、気持ちの切り替えができた。忙しい母親こそメイクをすることが大切だ。そう思ったわたしは、いつしか企画部への異動を考えるようになった。
「頑張ってるね」
課長が声をかけてくれた。
「あ、なにかありましたか?」
急ぎの仕事なら先に仕上げるつもりで声をかけた。しかし課長はめっそうもないと手を振る。
「今は休憩時間なんだから、試験の準備をしなさい。いや、邪魔したのは僕か……なんか色々気になってしまってね」
「ふふ……ありがとうございます。試験を受けることができるのも課長のおかげですから」
社内の異動に関しては上司の推薦も大きい。わたしが企画部への異動を相談したときもすぐに推薦してくれた。