君がすべてを忘れても、この恋だけは消えないように
「俺や樹の両親はさ、記憶なんてなくなったって生きてさえくれればいいから、手術を受けてほしいって何度も言ったんだ。でも樹はずっと迷ってた。記憶を全部失ったら、俺が俺じゃなくなっちゃうって。今の俺は死ぬことになるって」

「樹くんが樹くんじゃ、なくなる……」

「樹と同じ病で手術して、記憶を失った人が何人かいてさ。家族とうまくいかなくなって失踪したり。……自殺しちゃった人もいて。樹ももちろんそのことは知ってるから、余計怖いみたいで。それでこの前、元気なまま俺らしく死にたいわって、あいつ笑いながら言ってて。……あいつは手術しない道を選んだみたいなんだ」

「え……」


 そんなことを笑いながら言ってしまう樹くんを頭の中で想像する。

 彼の気持ちを想像すると、ひどく切なくなった。

 きっと悟くんを心配させないために、あえて軽い口調で言ったんだろう。

 そんな時まで、樹くんらしく振舞わなくていいのに。

 泣いてわめいて、怖いって言っていいのに。


「それじゃあ樹くんは……。手術を受けないって決めた樹くんは、もうすぐ死んじゃうかもしれないってこと……?」


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