君がすべてを忘れても、この恋だけは消えないように
「あ、ううん。なんでもない」

「そう?」

「あー! やっば! 私もう行かなきゃ!」


 スマホを眺めていた由佳ちゃんが、突然大声を上げた。そして慌てた様子で鞄を抱える。


「ごめん、私彼氏と約束あったの! もう行っていい?」

「あ、そうなんだ。うん、じゃあな」

「ごめんね! 樹も栞もまた明日ね!」


 早口でそう言うと、全速力で去っていく由佳ちゃん。

 その勢いに呆気に取られてしまった私だけど、彼女の言っていたことをよく考えて、ハッとする。

 ――彼氏と約束?

 由香ちゃん、彼氏いるんだ。


「あいつ年上の彼氏がいるんだよ。もう二年くらい付き合ってて、すげー仲いいらしいよ」


 私が考えていることを察したのか、樹くんがそう説明してくれた。


「年上の……。そうなんだ」


 そっか、それなら安心。

 ――え?

 私、何で安心してるの?

 さっきのずきりとした痛みはきれいさっぱりなくなっているし……。

 私、どうしちゃったんだろ。

 自分の心の動きがまるで理解できない。

 自分のことだっていうのに。


「栞、この後時間ある?」

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