君がすべてを忘れても、この恋だけは消えないように
 よく考えれば、関わってすらいないのだから嫌いになる暇なんてないのに。

 だけどあの時の記憶が、私にそう思い込ませていた。


「そいつ、誰」


 私が話し終えると、樹くんが低く鋭い声で言った。

 いつものほほんと喋る彼から発せられた言葉とは思えず、私は戸惑う。


「え……」

「今からそいつをぶん殴りに行くから」

「い、樹くん!?」


 突拍子もない言葉に聞こえて、私は驚いた。

 だけど樹くんは本気で言っているようだった。

 ……本気で怒っているようだった。

 大きな瞳は、怒りの炎で燃えているように見える。


「あ……」


 樹くんは心の底から怒ってくれている。

 昔、私が男子にされたことに対して。

 もう二年近く前のことだというのに。

 嬉しかった。

 彼がまるで、自分のことのように私を心配してくれているみたいで。

 ――でも。


「……ううん。もう昔のことだから。私、もうその人に対して何も思ってないし。だから大丈夫なの。でも、ありがとう」


 本心だった。

 自分でも、あんな出来事をいつまでも引きずっている自分が嫌だった。

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