逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る
本編(エステリーゼ視点)
「お嬢様……っ!!」

 焦った声とともに、メイドのマリアが横から抱きつく。守るように頭を抱え込まれ、エステリーゼはされるがままに身を小さくした。
 しかし、最悪な事態は回避できなかったようで、脱輪した馬車が傾いていく。
 下は切り立った崖だ。落ちたら最後、助からないだろう。
 馬のいななきが悲痛な叫びのように続くが、どうにもできない。

(ああ……わたくし、ここで死ぬのね。でも、このまま王都に行っても、待っているのは不幸せな結婚生活……なら、どちらでも同じようなものだわ)

 この馬車は、結婚式に花嫁として参加するため、領地から王都に向かっていた。
 ひとたび口を開けば、悪態をつく婚約者にはうんざりしていた。所詮は親同士が決めた政略結婚。そこに愛など芽生えるはずもない。
 お互いが嫌っているのは明白な事実。仮面夫婦になるのは火を見るより明らかだった。

(あいつはきっと……悲しみもしない)

 どうせ、この婚約が白紙になって喜ぶに決まっている。
 マリアに抱え込まれた中で、エステリーゼは皮肉げに口元を歪ませた。
 ギリギリの角度で均衡を保っていた馬車はとうとうバランスを崩し、気づいたときには浮遊感が襲い――そのまま真下に落下した。
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