逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る
一体、これは何の悪夢だ。
死ぬ覚悟はとうにできている。だから、夢であるなら、早く覚めてほしい。
現実が受け入れられないエステリーゼの願いも虚しく、馬車が停まる。先に降りた父親に抱きかかえられて外に出ると、記憶と同じく、重厚な門が待ち構えていた。
そこはエステリーゼの婚約者、ジュード・ヴァージルが住む邸宅に違いなかった。
息を呑む自分を緊張から動けないと判断した父親がひょいと担ぎ上げ、すたすたと進んでいく。立派に整えられた庭園を横目に、エステリーゼは声にならない悲鳴を上げた。
(あいつと出会う日に戻っているなんて、何の冗談よ!? あの最悪な出会いをやり直せと……? 嫌よ、そんなの!)
目に浮かぶのは、自分を嘲り笑う婚約者の顔。
会った早々、「なんだ、この似合っていないドレスは。もっとマシなデザインがあっただろうに」とだめ出しをしてきた挙げ句、「こいつが俺の婚約者? 父上、俺はこんな生意気そうな女と結婚するなんてごめんです」と言い放った。
レースを控えめにした清楚なドレスは上等な生地を使ったものだし、少々釣り目なのはお互い様だ。
いくら三歳年上だとはいえ、こちらは五歳の娘。とても初対面で言う台詞ではない暴言の数々に、エステリーゼも「誰がこんなちんちくりんと結婚なんかするものですか! わたくしはもっと素敵な殿方と結婚いたします!」と宣言した。
背が低いのを気にしていたらしいジュードは顔を真っ赤にして、エステリーゼと激しく罵り合った。そばで見ていた両家の親は喧嘩をなだめるのに苦労していた。
だがしかし、婚約の話は立ち消えることなく、そのまま続行という形になった。お互いが成長すれば関係修復はできると見込んでの話だったが、結局、結婚目前まで犬猿の仲なのは変わらなかった。
園遊会に招待されているのはエステリーゼだけではなかったようで、見知った顔があちこちにあった。
「お、お父様……わたくし、お友達にご挨拶をしてきますわ」
「ん? そうか、あとで顔合わせがあるから、すぐに戻ってくるのだぞ」
「はい」
父親にそっと芝生の上に降ろされて、エステリーゼは従順なふりをして頷いた。そしてマリアと父親の視線がそれた一瞬を狙い、脱兎のごとく逃げ出した。
(顔合わせなんて冗談じゃないわ!)
向かう先は自分を覆い隠す茂みの中。木陰で身を小さくし、葉の隙間から周囲の様子を窺う。名門貴族の子息や名家のご令嬢が輪になって談笑している。
(さすが筆頭公爵家主催の園遊会……そうそうたる顔ぶれね)
ただ、いずれも子供時代の姿に変わっていたが。懐かしむ気持ちよりも、この異常事態を浮き彫りにするだけだった。
未来の親友の顔も見つけたが、今出て行けば、父親に発見されて確実に顔合わせの場に連行される。彼女と話したい気持ちをグッとこらえ、問題の元婚約者の背中を探す。
しかし、まだ屋敷の中にいるのか、その姿は見つからない。一体どこに……と視線をめぐらせていると、不意に真後ろから声がかかった。
「……こんなところで、何をしている?」
死ぬ覚悟はとうにできている。だから、夢であるなら、早く覚めてほしい。
現実が受け入れられないエステリーゼの願いも虚しく、馬車が停まる。先に降りた父親に抱きかかえられて外に出ると、記憶と同じく、重厚な門が待ち構えていた。
そこはエステリーゼの婚約者、ジュード・ヴァージルが住む邸宅に違いなかった。
息を呑む自分を緊張から動けないと判断した父親がひょいと担ぎ上げ、すたすたと進んでいく。立派に整えられた庭園を横目に、エステリーゼは声にならない悲鳴を上げた。
(あいつと出会う日に戻っているなんて、何の冗談よ!? あの最悪な出会いをやり直せと……? 嫌よ、そんなの!)
目に浮かぶのは、自分を嘲り笑う婚約者の顔。
会った早々、「なんだ、この似合っていないドレスは。もっとマシなデザインがあっただろうに」とだめ出しをしてきた挙げ句、「こいつが俺の婚約者? 父上、俺はこんな生意気そうな女と結婚するなんてごめんです」と言い放った。
レースを控えめにした清楚なドレスは上等な生地を使ったものだし、少々釣り目なのはお互い様だ。
いくら三歳年上だとはいえ、こちらは五歳の娘。とても初対面で言う台詞ではない暴言の数々に、エステリーゼも「誰がこんなちんちくりんと結婚なんかするものですか! わたくしはもっと素敵な殿方と結婚いたします!」と宣言した。
背が低いのを気にしていたらしいジュードは顔を真っ赤にして、エステリーゼと激しく罵り合った。そばで見ていた両家の親は喧嘩をなだめるのに苦労していた。
だがしかし、婚約の話は立ち消えることなく、そのまま続行という形になった。お互いが成長すれば関係修復はできると見込んでの話だったが、結局、結婚目前まで犬猿の仲なのは変わらなかった。
園遊会に招待されているのはエステリーゼだけではなかったようで、見知った顔があちこちにあった。
「お、お父様……わたくし、お友達にご挨拶をしてきますわ」
「ん? そうか、あとで顔合わせがあるから、すぐに戻ってくるのだぞ」
「はい」
父親にそっと芝生の上に降ろされて、エステリーゼは従順なふりをして頷いた。そしてマリアと父親の視線がそれた一瞬を狙い、脱兎のごとく逃げ出した。
(顔合わせなんて冗談じゃないわ!)
向かう先は自分を覆い隠す茂みの中。木陰で身を小さくし、葉の隙間から周囲の様子を窺う。名門貴族の子息や名家のご令嬢が輪になって談笑している。
(さすが筆頭公爵家主催の園遊会……そうそうたる顔ぶれね)
ただ、いずれも子供時代の姿に変わっていたが。懐かしむ気持ちよりも、この異常事態を浮き彫りにするだけだった。
未来の親友の顔も見つけたが、今出て行けば、父親に発見されて確実に顔合わせの場に連行される。彼女と話したい気持ちをグッとこらえ、問題の元婚約者の背中を探す。
しかし、まだ屋敷の中にいるのか、その姿は見つからない。一体どこに……と視線をめぐらせていると、不意に真後ろから声がかかった。
「……こんなところで、何をしている?」