逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る
 薄い金髪に鳶色の瞳。さらさらのストレートは、肩につかない長さで切りそろえられている。目元は少々つり上がっているが、他の顔立ちは無駄なく整っている。

(で、出た……!)

 彼こそ、エステリーゼの元婚約者、ジュード・ヴァージルだ。筆頭公爵家の嫡男にして未来の公爵である。婚約者以外には完璧貴公子の顔を被るくせに、エステリーゼには辛辣な言葉を向けてくる、性格がねじ曲がっている男。
 一生わかり合うことなんて不可能な、エステリーゼの敵だ。

「皆のところへ行かないのか……?」

 続く言葉は労りに満ちている。どうやってこの場を切り抜けようと頭をフル回転させ、エステリーゼは怯えつつも口を開いた。

「い、いえ。ちょっと、かくれんぼをしておりますの……」
「かくれんぼ?」
「そうです。誰にも見つからないよう、隠れていますの。だから、ここで見たことは誰にも言わないでくださいませ」

 必死に追いすがると、哀れに思ったのか、ジュードが頷いた。

「よくわからないが、そこまで言われたら内緒にするしかあるまい。ところで、エステリーゼという令嬢を知らないか?」
「……いえ、存じませんわ。わたくしは、ずっとここにいましたので……」
「そうか……では邪魔したな」

 ジュードは腰を上げ、皆の輪に戻っていった。そのそばには顔を真っ青にした父親がいたが、ジュードが何かを言って取りなしている。
 そのまま身を隠し、低木の下で座り込んで小鳥たちと触れあっていると、さっきまでいたはずの面々が主催者に断って帰っていくのが見えた。
 お開きの時間になったのだろう。これ幸いと忍び足でマリアのもとに戻る。

「お、お嬢様……一体、今までどちらへ!?」
「かくれんぼをしていたのよ」
「と、とにかく旦那様に急ぎお知らせしなければ……!」

 荷物のように横抱きにされて、庭園の隅のベンチに座り込んでいた父親のもとに連行される。目が合うと、父親はガタッと立ち上がり、涙を浮かべて娘を抱きしめた。

「ああもう、二度と会えないかと思ったぞ」
「も、申し訳ございません。……あの、婚約の話はどうなりました?」

 顔合わせをすっぽかした娘に、向こうは呆れただろう。その目論見は当たっていたようで、父親は見るからに落胆した。

「残念なことだが……、先方のご子息が他のご令嬢を見初められたそうだよ。だから、この話はなかったことになった。すまない、他にもっといい縁談を……」
「いいえ、お父様。わたくし、自分の伴侶となる方は自分の目で見て決めたいです。ですが、その前に……一人前のレディーになれるよう、淑女教育にもこれまで以上に励みたいと思います。だから婚約者は当分の間、不要ですわ」

 大事なことなので、目にグッと力を入れて力説する。
 その熱意が伝わったのか、父親は成長した娘に感激したように「うんうん、それがいいね」と同意してくれた。
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